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略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by - 2026.06.11,Thu
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Posted by バタフライ効果 - 2008.05.30,Fri
(※長いです)

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 古泉が勤務時間外にいる場所は大概決まっている。
 自室にいなければ――かなりの確率でシュミレーションルームかトレーニングルームにいる。
 くそ真面目なこった、と言えば、
「定期的に鍛えておかないとすぐなまってしまうんですよ。元々身体を動かすのは嫌いではないですし、継続は力なりと言うでしょう?先人の教えは偉大です」
 そうかい。
 俺は自主訓練や筋トレを好き好んでやる奴の気が知れんがな。
 使用中のシュミレーションルームに入ると特殊ガラスの向こうに一人の人影を発見。
 近づけばバイザーを装着して銃を構える古泉が仮想ジャングルの中に現れるモンスターの姿をした標的を打ち落としていっている最中だ。シュミレーション用の特殊ルームのためかなり広いスペースがあり、地面が流動したり自身も飛んだり走ったりしながらだというのに、一発の誤射もなく打ち落とすべきモンスターだけを確実にヒットさせていくのだから、古泉のシューティングの腕前は相当なものである。まさに正確無比。士官学校時代に打ち立てた古泉の記録を塗り替える者はまだ出ていないという話を少し前にいまだ交流のある教官から聞いていたが、今の古泉は昔と比較しても少しも衰えていない。しかも今古泉がシュミレートしているのは情報参謀がわざわざプログラムを組んでくれたもので、一般兵のものとは比べ物にならないほど難易度が高い。俺だったら開始三分まで持つかわからん。わざわざ特別プログラムを組まないと訓練にならないのだから、古泉の腕前を推して知るべし。
 射撃の腕前だけでなく、古泉は白兵戦もお得意のものだ。古泉は素手は勿論のこと、適当な武器がなかったらペンの一本でも戦える男である。もし俺が古泉と一対一でバトルしなければならない場面に出くわしたら、俺は一番最初の動作で白旗を上げる。もしくは一目散に逃げる。勝てる気がこれっぽっちもしないからな。無駄な怪我などしたくはない。
 前振りが長くなったが、どうして俺が楽しくもないのに古泉の訓練をぼーっと眺めているのなかというと、暇だからだ。
 貴重な非番だというのに俺はすることもなく、暇だからだ。
 壁に身体を預けてぼーっとしていると、シュミレーションを終えた古泉が出てきた。
「お疲れさん」
 相変わらず鬼みたいに強いなお前、と褒めていない口調で俺が言えば、
「お恥ずかしい話ですが、少々てこずってしまいました」
 と、古泉が苦笑する。
 あれでてこずっているとか、ありえない。嫌味か。
「嫌味じゃありませんよ。事実を述べたまでです。射撃の訓練は久しぶりでしたから。やはり使わないとどうしても筋肉が緩んでしまうようです」
 喋りながら古泉は手のひらで腕の感触を確かめる。
「俺にはそうは見えなかったがな」
「ふふ、一定水準は上回っている自負はありますよ」
 これは嫌味だな。
「あなたは技能系はどれも平均値でしたね」
「技能だけじゃなく、頭脳も体格も全部平均値だよ」
 いや、頭脳は平均値を少々割るかもしれん。
「拗ねないでください」
 拗ねているわけではない。ただの事実だ。
「別に平均値で構わないでしょう。そのために僕がいるんですから。あなたは作戦を立て、僕が実行する。バランスは取れてます」
 俺が何かを言い返すまえに、少々汗をかいたので着替えてきますね、と古泉は素早く俺に背を向けて歩き出した。
 古泉の背中を見送って、俺は息を吐き出す。
 幕僚総長を任されている人間を敵と直接戦わせるわけがなかろうに。
 上官が最前線に出たら後方の指示をどうするつもりだ、まったく。だいたい俺がそんな下手な作戦を立てるわけがない。だが脳内古泉が勝手に「あなたが後方で指示を出せばいい。僕はその指示に従います。上官である僕が最前線に立つことで兵の士気も高まるはずですから、僕が前に出ることはそれほど下手な作戦ではないと思いますよ」と喋り出す。
 いやいやそれは駄目だ、いえいえありでしょう、と脳内ディスカッションをしていると、本物の古泉が姿を現した。
「お待たせしました」
「…………お前うるさい」
 勝手に人の思考にまで出しゃばってくるな、このおしゃべりめ。
「はい?」
 古泉が不思議そうに首を傾げるのを無視して、壁にくっつけていた背中を引き剥がす。
 俺が歩き出せば、どこに行くかも聞かずにそれがさも当然のことのように古泉が後に続いた。
 さて、俺が勤務シフトに入るのは夜間から。古泉の勤務シフトも同じ。残りの時間をどう使うか。
 上官に引きずられる形で不相応な出世をしてしまったがために部下からは距離を置かれ、たまの休みに気安く誘える同僚も艦内ではこの男くらいとは、まったく不幸な話である。
 とりあえず、後のことは昼飯を食ってから考えることにする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 大変に不本意だが、なぜ俺と古泉のシフトが同じなのか、ということを説明せねばならないだろう。
 諸君はパートナーシステムというものを知っているだろうか。
 あるんだよ、そういうのが。
 カップルシステムとか、バディシステム、ステディシステムと呼ばれることもある。
 いわゆる恋人制度である。
 なんだそれは、って?
 はるか昔の軍では軍人同士の恋愛はご法度っていう時代もあったらしいが、現在の軍では恋愛は自由だ。少子化問題の末に政府と軍は手を取り、職場恋愛を認めるようになった。軍ってのはただでさえ閉鎖的で異性と出会うチャンスが少ない職場だ。しかも戦争が起こればいつ死ぬかわからない。そのため軍人は入隊と共に任意で遺伝子を提供する。遺伝子提供については倫理観の問題で揉めた時代もあったらしいが、現在は大半の軍人は自分の遺伝子を冷凍保存されている。遺伝子の使用は必ず提供者が世を去って百年経過してから、というのが決まりであるから、勝手に自分の遺伝子を半分持つ子供と鉢合わせするということはない。って、話が逸れたな。話を戻すぞ。
 出会いの少ない職場で奇跡的に恋人となっても突然の転属で相手の勤務場所が宇宙になりその結果恋人同士が離れ離れになって遠距離恋愛の末破局するのを未然に防ごうというのが、恋人制度の趣旨だ。
 つまり、恋人が転属するならその恋人まで、ということだ。片方が宇宙艦に乗るならもう片方の職場も同じ艦に、となる。軍にしては実に配慮溢れる制度である。この制度ができた経緯は実にスキャンダラスだったために、一般人が使用するブラックジョークとして今も用いられている。何があったかって?軍に身を置く俺にそれを聞かないでほしい。
 さてさてしかし、恋人と同じ職場を用意しましたよ、では済まないのが恋人同士の難しいところ。勤務シフトのすれ違いで、確かに同じ艦に乗ってはいるが平気で何ヶ月も逢えないという目に遭うこともあるのが軍である。それでは同じ艦にいる意味がないではないか!ということで、恋人制度には恋人同士が同じシフトを組めるように優先する規則がある。実に恐ろしきは恋のパワーである。他にもいくつか優遇処置があるが、俺がそこまで言述する必要はないだろう。知りたかったら各々で調べてくれ。軍の公式ホームページにも記載があったはずだぞ確か。なんてオープンなんだ、この軍は。一般人に友好的になってもらうために頭を悩ませるのはいつの時代の軍も同じだな。
 だがこのパートナーシステムは、恋人のためだけのものではなく、相棒制度でもある。
 システム活用者の大半が恋人同士であるため、恋人制度という認識が強いが、パートナーシステムってのは友人を一人、自分の人生の道連れにすることも可能なのである。
 恋人制度の色合いが強かったものを、戦闘機乗りのパイロットがカスタマイズされた自機を馴染みの整備士に任せたい、ということで整備士を連れて転属するためにパートナーシステムを使用したことから相棒制度の意味合いができた。
 長かった。
 俺と古泉のシフトが同じである説明だけだというのになんていうことだ。
 まあつまり、あんまり言いたかないが、俺と古泉はパートナーシステムに互いを登録している。
 だがそれは俺と古泉が恋人同士だからじゃない。
 強制的に、だ。
 事の発端は当然というか必然というか、ハルヒの一言だった。
「古泉君、キョン。突然だけど、あんたたちパートナーシステムに登録しなさい!」
 青天の霹靂というか。鬼の霍乱というか。
 幕僚による定例会議にて、席に着席もせずにハルヒが高らかに宣言した記憶は忘れたくても忘れないほどショッキングだった。
「ちょ…、待て!いや、待ってください、涼宮閣下!」
 俺は一瞬呆けて、だがすぐに声を上げた。
「文句あるの?」
「あるに決まっとろうが!」
 せっかく気を持ち直して敬語を使ったというのにまたすぐに言葉が戻ってしまった。
 いかん、落ち着け俺!
 勤務時間帯は階級に従い敬語を使用すると決めたのは自分だろう、しっかりしろ!
「どうして自分が幕僚総長殿とパートナーシステムに登録しなければならないのですか!」
 横暴です、と叫ぶ。
 いったい何がどうしてこんな発想に行き着いたのかはわからないが、今はとにかく思い止まらせねば、と気ばかりが焦る。だがうかうかしていると勝手に登録されてしまうことは目に見えていた。
「必要だからに決まっているでしょ!」
「意味がわかりません!」
 説明を求めます、と言えばハルヒは不機嫌になって、
「なによ、私の命令に逆らう気?!キョンのくせに生意気よ!」
 と言って俺を睨んだ。
 だがここで引くわけにはいかない。
 なんたってパートナーシステムと言えば恋人制度。いや、相棒制度でもあるが人々どころか使用者の軍人の認識ですら恋人制度なのだ。
 このままでは俺と古泉が恋人同士であると世間に見られてしまう!
 断固阻止、と俺はハルヒを睨み返した。
 だが完全に臍を曲げてしまったハルヒは俺から目を逸らすとツーンと横を向いてしまう。
 こいつは頑固だからな、こうなってしまうと我を通して決めてしまう。
 やばいやばいやばい!
「涼宮閣下」
 それまで黙っていた古泉の静かな声が響いた。
「よろしければ理由を仰っていただけませんか?」
 別段変わったことを述べたわけではない。むしろ当然の科白だった。だが俺が言っても汲んでもらえなかった質問は古泉の声帯を通すことでハルヒの耳にまで届いた。
「必要だからよ」
「了解しました」
「古泉?!」
 何を勝手に了解してんだ!と慌てて言い募ろうとした俺を、古泉が手をほんの少し動かしただけで制してしまう。
「必要なことは了解しました。ですので閣下、大変申し訳ありませんがもう少し私たちにもわかるように説明をしていただけないでしょうか」
 ハルヒの目がまっすぐに古泉を見る。
 古泉もまっすぐ、ハルヒを見つめた。
「しょうがないわね!」
 ハルヒはそれまで漂わせていた不機嫌オーラをかなり緩めた。
 古泉の声と姿勢はハルヒに妥協点を見出させることに成功したようだ。
 迂闊にへつらえば更に態度を硬化させただろう。下手に出ればいいというものでもない。実に絶妙のバランス感覚である。だからこそ、古泉はハルヒの右腕なのだ。
 さすがだな、と古泉を見れば、古泉がにっこりと笑った。
「有希お願い」
 ようやく椅子に腰を下ろしたハルヒが長門を見た。
 長門は簡潔に言った。
「古泉一樹幕僚総長、あなたに異動命令が下る気配がある」
「え」
 ハルヒと長門以外の幕僚たち――つまり俺と朝比奈さん古泉が――が同時に息を呑む。
「彼ではなく、僕に、ですか?」
「そう」
「本当ですか」
「ニュースソースは明かせない。でも、事実」
 古泉の眉間に皺が寄った。
 当然だろう。右腕としてこいつほどハルヒを上手く扱える人間が他にいないことくらい、軍部の上層部だって理解しているはずだ。
 腕を組み、何事かを考え込んだ古泉が顔を上げた。
「閣下、この話、少しでいいのでお時間をいただいて考えてもよろしいでしょうか?」
 古泉にハルヒが諾と応えて、その日の幕僚会議は幕を閉じた。
 会議室を出ると、ハルヒ以外の幕僚たちはアイコンタクトを取り合った。
 すぐに古泉の自室に四人の幕僚が揃う。
 空気は緊迫したままだ。
「あの…すみません。お茶、淹れてもいいですか?」
 シリアスな空気に呑まれたらしい朝比奈さんはおどおどとしながらも必死に、普段自分が行っていることをして落ち着こうとしているのだろう、部屋の持ち主に茶葉などの在り処を確認するとお茶を淹れるために部屋にあるキッチンへと移動した。
 盆にカップを乗せた朝比奈さんが戻ってきて、ようやく先程の会議の続きが再開となった。
「もし異動があるとしたら僕ではなくあなただと思うのです」
 開口一番古泉が先程考えていただろう持論を述べた。
「なんでだよ」
「考えてもみてください。僕の階級からしてそう簡単に異動などさせられないでしょう。異動させられるだけのポストがない。あなただって決して低くないわけですが、まだ僕よりはいくらか動かしやすいと思います。それなのに僕が異動させられるとしたらそれは――涼宮さんのお力を削ぐことが目的、でしょうか?」
「そう」
 長門は頷いたのがわからないくらい微かに頷いて、古泉の言葉を肯定した。
「えええぇ、それって、まさか…」
 お盆を胸に抱えて朝比奈さんが泣きそうな表情になった。
「そうなったら話は簡単です。どこがねじ込んで無理を言っているのかはすぐに明らかになるでしょう」
 どこが簡単なのか。
「簡単ですよ。推測ですが相手はお前の部下を無理やり動かせるほど力を持っているんだぞ、と涼宮さんに自分の力を誇示したいのです。僕を動かせるということは涼宮さんにプレッシャーを与えられるだけの力を持っているということですからね。そしてあなたならば無理に異動させても涼宮さんのお力なら――多少時間はかかってしまうかもしれませんが――引き戻すことは可能です。ですが」
「一度動いたお前を再び戻すのは容易じゃない、ということだな」
「ええ。僕も涼宮さんに引きずられて随分と上まで行ってしまったようです」
 だからこそ僕を異動させるということが大きな意味を持つのです。
「それでどうしてパートナーシステムなんだ?」
「あのう、それは古泉くんとキョンくんがパートナーになったら、古泉くんの異動はキョンくんの異動になるわけだから…つまり」
「あなたたち二人を一緒に異動させるのはかなりの困難」
 朝比奈さんの言葉を長門が引き継いで簡潔にまとめる。
「そりゃそうだろ」
 何の理由もなしに一つの艦から幕僚を二人同時に異動させることは普通はありえないだろう。
「そもそも古泉をどんな理由で異動させるつもりなんだ」
「新隊を発足させる」
 あなたがそのトップになる、と長門の白い指先が古泉を指した。
「……そこまでやりますか」
 僕を涼宮さんから引き剥がすためだけに、と古泉は苦々しく唇を噛んだ。
「でもそうなると僕と彼がパートナーシステムに登録するのは反対に相手の都合のいいほうへ流れませんか?」
 俺も思った。
 新隊が発足するから古泉を動かすという名目なら、古泉が俺とパートナー登録しても俺ごと異動になるだけのように感じられる。これで一気に二人、ハルヒから引き剥がせる。
「そこまで涼宮ハルヒの戦力を削ることは、今度は軍上層部が許さない」
 どんなに問題を起こして嵐を巻き起こす女でもその実力は折り紙つきだからな。ぶつかってばっかりだからわかりにくいが、ハルヒがどんな無茶をしようと階級を落すことはなかったし、軍上層部はハルヒを結構大事にしている。その裏にどんな思惑があろうとも、これは事実だ。
「それなら、言いたかないが、古泉と長門、もしくは古泉と朝比奈さんでパートナーシステムを使用するのは駄目なのか?」
「ええと、私じゃ、駄目だと思います」
「なぜです?」
「私は後方支援部隊だし、新隊発足なら古泉くんの足止めさせるどころか背中を押す形で私の部隊ごと一緒に異動させられてしまう可能性が高いです」
「長門さんとだとあなたが飛ばされるだけですよ」
「そう」
「あなたと長門さん、あなたと朝比奈さんも同じです。この場合僕とあなたのどちらが異動になるかはわかりませんが、結局僕かあなたが異動になることには変わりがありません」
「俺と古泉がパートナー登録したとして、長門や朝比奈さんが異動になる可能性は?」
 敵の狙いが二人に移らないか、という俺の言葉に朝比奈さんが少し寂しそうに微笑んだ。
「私じゃ役不足です」
 朝比奈さんに同意を示すように長門が小さく頷く。
「あなたや古泉一樹ほどのダメージは期待できない」
 俺はそうは思わないが…。だが、二人に異動命令の危機が及ぶ可能性は小さいということか。
 あとは、古泉とハルヒがパートナー登録しても俺が飛ぶ、俺とハルヒがパートナー登録しても古泉が飛ぶ、ってか。くそ、どっかしらに穴ができちまう。
「もしくは本当に僕を異動させたいわけではないのかもしれません」
「どういうことだ」
「僕を勝手に異動させようとしたら涼宮さんは黙っていないでしょう。実際黙っていなかった。どうにかして僕を引き止めてくださるでしょう。しかしさまざまな手を打ってそれでも異動を覆せなかったら」
 言葉を切った古泉の視線が俺に言葉の続きを促す。
「あいつが最終手段として上層部に泣きつくことが目的、か」
「はい。異動が失敗しても敵は上層部に、上層部は涼宮さんに貸しを作れます。デメリットよりもメリットのほうが大きい。これならば少々無理な話でも上に通ることでしょう」
「なるほどな。それならどっちに転ぼうと損は少ない」
 世の中陰謀だらけだね、まったく。
「僕だって諾々と異動命令を受けたりしません」
「お前は黙って諾々と従っておけ。輝かしい経歴に傷を付けるな」
「おや、僕を心配してくださるんですか」
「お前の心配じゃねえよ。いざっていうときはせいぜい思いっきりお前の輝かしい経歴に盛大なバツ印を付けてやるから、今は綺麗にしまっておけって言ってんだ」
 お前の経歴に傷を付けるような事態なんてそれこそ我らが艦長のピンチのときに他ならないのだから。
 切り札は出し惜しみしてこそ真価を発揮するんだよ。
 俺の捻くれた言葉に古泉はふっと息を吐くように笑った。
 そしてその場にいた俺たち全員に聞かせるように、
「僕は了承します」
 と、落ち着いた声で言った。
「……何をだ」
「あなたをパートナーに指名します」
 俺のほうに向き直った古泉は、先程の声の真摯さをどこに置いてきたのか、むかつくほど爽やかに俺に向かって微笑んだ。他の誰に気づかれなくても俺にはわかるぞ、今の古泉の顔はいたずらを思いついたガキと同じだ。
「さて、そろそろ内緒話はお開きとしましょうか」
 古泉に従い、朝比奈さんと長門が席を立つ。
「ちょっと待て」
「パートナー登録はあなたの決断にお任せします。その結果を涼宮さんにお伝えください」
 僕はあなたに従いますから、と古泉は笑って、笑ったまま俺を部屋から追い出しやがった。
 俺は廊下を歩きながら、溜め息を吐く。
 
 
 
 
 
 やれやれ、としか言いようがない。
 自室に戻ると、俺はまた盛大に溜め息を吐き出した。
「……何してんだ」
「古泉くんと相談してたんでしょ?結果を聞きにきてやったんだから感謝しなさいよね!」
「女が男の部屋に無断で入るんじゃない」
「私はそんな小言を聞きにきたんじゃないわ!」
「わかってるよ」
 わかってるからもう少し黙っててくれ。
 俺が額に手をやると、ハルヒは珍しく静かになった。
 短い時間だった。
 俺が長い溜め息を吐き終えると、ハルヒが至近距離まで近づいて俺の顔を真正面から覗き込むと、
「キョン、あんた古泉くん抜きで作戦立てられる?」
 ハルヒのでかい目が俺をまっすぐに射すくめてくる。
「立てられるさ」
 作戦参謀だぞ、立てられなくてどうする。
 どんな窮地だろうと、作戦を立てるのが俺の仕事だ。
「でも古泉くん抜きの作戦なんてベストじゃないわ。ベターなんて私は納得しないんだから!」
 あんただってわかってるんでしょ、と気持ちいいほどきっぱりと言い切ったハルヒに、本当にそうだなと思った。
 俺は手足を縛って頭と脳みそだけで戦うつもりなのか?それだけで戦えると?どれだけ俺は傲慢なんだ。
 古泉の異動と聞いて、古泉がどれほどこの艦にとって必要な人材か、作戦参謀の俺こそが一番に艦長に進言しなければならなかった。
「古泉を他の奴らにくれてやるもんか」
 溜め息を吐き出すように俺は言った。
「そうよ!」
 ハルヒが声をワントーン上げて、嬉しそうに笑う。
「古泉くんはこのSOS団艦隊になくちゃならない必要不可欠の人材よ!誰がくれてやるもんですか!古泉くんの代わりなんてどこにもいないんんだからね!」
 そうと決まれば善は急げとばかりにハルヒが俺の部屋を飛び出していった。
「やれやれ…」
 俺は飛び出していった背中を追う気力もなくベッドに腰を下ろした。
 そして翌日、晴れて俺と古泉はパートナーとなった。
 ……ハルヒも人事課も仕事が早すぎる。
 結局、古泉の異動の話は浮上することなく沈んだようだ。それだけがせめてもの幸いである。多分。
 もういっそのこと敵の思惑でも何でもいいから俺のいない別の場所に古泉異動になればいいのに、と俺が呪うように思うのはそのもう少し後だ。
 俺と古泉がパートナー登録したという話が艦全体に広まり俺と古泉が恋人だと勘違い甚だしい噂が蔓延るのは時間の問題だったのですよ、まったく忌々しいことに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 はい、回想終了!
 俺と古泉は適当に昼食を取ってから、幕僚専用のカフェテリアでテーブルを挟んで顔を突き合わせている。
 テーブルの上にはいまどき珍しいボードゲームが置かれている。
 古典と呼んでもいだろう。白と黒で表裏を塗った駒で、自分の持ち色の駒で相手の駒を挟んだらその駒を自分の持ち色でひっくり返えせるというものだ。古泉はこの手のボードゲームを好んで蒐集している。いまどき電子ゲームじゃないゲームなんて、光速で移動できる艦が宇宙を飛ぶご時世になんてアナログなことだろう。ボードゲームなんてアンティークと呼んで問題ない。レプリカでも作られている数が極端に少ないから結構な値がしたはずだが、古泉は蒐集したボードゲームを飾ったりはせず必ず実用とする。その相手が俺なわけだが。
 気づくと長門がカフェの片隅に腰を落ち着けて読書をしている。
 長門の白い指先がそれだけで凶器になりそうなくらい分厚い本のページを捲っている。
 紙製の本もアンティークだ。
 電子情報を自在に扱う長門だが、どういうわけか機械を通して文字を読むよりも紙に印刷された活字を読むのが好きなのだ。値も張るし場所も取るというのに古泉もわざわざ古典文学を――本格ミステリというジャンルらしい――紙媒体の本で蒐集をしていたなそういえば。本好きは本という紙の媒体を愛している奴が多いから本を蒐集している愛好家は多い。
「キョンくんどうぞ」
「ありがとうございます」
 ご自分の短い休憩時間の合間だというのに、朝比奈さんがわざわざお茶を入れて運んで来てくれた。
 朝比奈さんの芸術のような白いたおやかな手から湯飲みを――持ち手の付いてないカップのことだ――を受け取ると、お茶のいい香りが鼻腔をくすぐる。
「古泉くんもどうぞ」
「ありがとうございます。おやこれはまた随分と爽やかな香りですね」
「今朝鶴屋さんから新茶が届いたんです。はい、長門さんもどうぞ」
 鶴屋さんとは朝比奈さんの学生時代のお友達で、現在地球にお住いの大変なお金持ちである。
 朝比奈さんは全宇宙から色々な茶葉を集めており、お茶を淹れること自体も大好きだった。
「研究で民間伝承医療を調べているうちに楽しくなっちゃって」とは朝比奈さんの言。
 お茶で言えばそのリラックス効果などを研究するうちにお茶自体に興味を覚えて集めるようになったのだという。
 古泉のボードゲーム好きも、発端は俺と戦略研究をしていたときに、古典的ボードゲームの大半が陣取りゲームであるということに着目して、検証を重ねているうちにハマってしまったからだ。
「みくるちゃーん!いるー?!」
「あ、はーい。いますよぉ」
 大声と共に騒々しい足音が響いてきた。
「みくるちゃんお茶ちょうだい!あっついの!」
「はいっ。少し待っててくださいね」
 ハルヒに熱いお茶を淹れるべく、朝比奈さんがパタパタと可愛らしい足音をさせてその場を離れてる。
「あら、キョンたちもいたの」
 いましたよ、いましたとも。
「お先にいただいています」
 古泉が自分の湯呑みのお茶を示し、無駄にキラキラしい笑顔でハルヒに挨拶をする。
「今日は緑茶?」
「はい。新茶だそうです。とてもいい香りがしますよ」
「お待たせしましたぁ」
 お盆を手にした朝比奈さんが戻ってきた。
「みくるちゃんありがと!古泉くんの言うとおり、ほんといい香り!」
 湯飲みを受け取ったハルヒは淹れ立ての熱い緑茶を一気に飲み干す。
「ぷはー!美味しかったわ!」
 空いた湯飲みを朝比奈さんの手の中の盆に戻し、ハルヒが再び俺たちのほうに向き直った。
「そういえばあんたたち非番だっけ?」
「ああ」
 そういうことはメインルームで気がつけ。俺たちは朝から二人ともいなかっただろうが。
「あんたたちっていつ見ても一緒にいるわよね。よく飽きないもんだわ」
「…………」
 古泉は変わらず無駄に爽やかに笑っている。
 俺は半眼になった目でハルヒをじとりと睨んだ。
 誰のせいだ、誰の。
「あんたたちが勝手に一緒にいるんだから、あんたたちのせいでしょ」
「違う。忌々しいパートナーシステムのせいで俺と非番のタイミングが合うのがこいつしかいないんだよ」
 というか、無理やりこいつとタイミングを合わされているんだよ。
「だからってわざわざ一緒に過ごさなくたっていいじゃない」
 ハルヒにしては珍しく筋が通った意見に、ぐっ、と詰まる。
「一人で食事をするのがさみしいんです」
 古泉、お前何を言い出す!
「そんな僕に彼が付き合ってくださっているんですよ」
 にこにこと微笑む古泉にハルヒが「そうなの?」と問う。
「僕が下士官用の食堂やカフェテリアに顔を出すと部下たちが緊張してしまって気の毒ですから、使用を躊躇いまして。でもそうすると非番のときなどは自然と…」
「幕僚用を使用するのは私たちだけだから一人でご飯食べることになるものね…」
「はい。だから彼にわがままを言って付き合ってもらっているんです」
「てっきりキョンが無理言って古泉くんの貴重な時間を消費してるんじゃないかって心配してたんだけど、杞憂だったわけね」
 ハルヒは一人うんうんと頷くと古泉の手を両手で掴んでにっこりと笑った。
「今まで気づかなくてごめんね、古泉くん。いつでも誘ってちょうだい!一緒に食べましょ!」
「ありがとうございます」
 もう行かなきゃ、と来たときと同じようにバタバタとハルヒが去っていった。
 まさに台風。
 廊下を走るなって何度言ったらわかるんだか。
「私も仕事に戻りますね」
「お茶ご馳走様でした」
「……」
 それまでの騒々しさなど気づいていなかったかのように本を読んでいた長門も立ち上がると分厚い本を閉じて脇に抱えて朝比奈さんの後に続く。
 可憐な背中たちが見えなくなるまで見送ってから捻っていた首を戻せば、正面で古泉がにこにこと笑っている。
「……言いたいことがあるなら言え」
「いえ、何もありませんよ。一人で食事をするのがさみしいのは僕も同じですから」
 も、ってなんだ。も、って!
 古泉はにこにこ笑ったまま、白と黒に塗り分けられた駒を一つボードに置く。
 ハルヒの登場で中断していたゲームが再開されたらしい。
 そうなったら俺も駒を手に取り置くしかない。
 古泉はテーブルに両肘を置き、組み合わせた指の上に顎を乗せてにこにこ笑っている。
「……」
 にこにこ笑っている。
「…………」
 ――くそっ!
 確かに俺は一人でメシを食いたくない!
 しょうがないだろう、実家住いだった頃は朝晩家族と顔を突き合わせて取っていたし、学生時代も級友と馬鹿話をしながら取っていたんだ。そんな俺にとって一人で食事するってことはものすごい味気ないんだ。
 階級が上がって自分が下士官用のスペースに出入りすると部下が緊張するのがわかったとき、俺はこれほど出世が恨めしいと思ったことはなかったぞ。どんな片隅のスペースにいようと、俺に気づいた部下たちは俺を支点にドーナツ化現象を起こすし、無理に同じテーブルに誘えば部下のほうは緊張して食事どころじゃなくなる。誰も俺に近づかない。ま、当たり前だが。上官に馴れ馴れしい態度など取ろうものなら軍法会議ものだからな。俺だって下士官時代は上官の前では直立不動だったさ。
 あらぬ噂を立てられて腹立たしいこと他ならないが、シフト調整が入るようになって俺は一人で食事をする回数が格段に減った。毎回古泉と食ってるからな。これに関してだけは、俺はパートナーシステムに感謝してもいい。古泉お前にじゃないぞ、システムに、だ!
「古泉、お前いつまで笑ってんだよ!」
「いやあ、あなたって可愛い人ですよねぇ」
 

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