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略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by - 2026.06.11,Thu
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Posted by バタフライ効果 - 2010.06.07,Mon
[Don't cry baby.]

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 彼女を怒らせないでください。
 どうして素直になれないんですか。
 ちょっとした些細な諍いにさえ過敏に反応した古泉がお決まりの文句を言う。
 そして俺は俺で、いつものように切り返す。
「お前には関係ないだろ」
 そうしていつもどおりうやむやに、やりとりの不毛さに、このやりとりは互いが呆れて口を閉じて終わる、はずだった。
「ありますよ」
「ねぇよ」
「あるんですよ!」
 自分の口から出てきた声の大きさに驚いたのか、しまったと手で口を覆い、珍しく顔に表情を出したあと古泉は気まずげに視線を俺から逸らした。
「…古泉?」
「…………。あなたは、しあわせじゃなきゃ駄目なんです」
 でなきゃ僕は馬鹿なことを考えてしまう。
 古泉は注意深く気をつけてようやく聞き取れるほどの小さな声で呟くと、整った顔を歪めた。
「……言ってる意味わかんねぇんだけど」
 けれどその程度の歪みくらいじゃ古泉の顔の良さに変わりはなく、古泉はいつも笑った顔ばかりを見せてくるから俺はその歪みを持ってしても変わらないお綺麗な顔を物珍しげにしげしげと眺めてしまった。
「僕は涼宮さんが心穏やかならそれで満足なんです。でもいつまで経ってもあなたも涼宮さんも互いを悲しませたり怒らせたりばかりするのは何故ですか。涼宮さんが怒るたびにあなたがはぐらかすたびに、僕はもしかしたら駄目なんじゃないかと思ってしまうんです…。もしかしたらまだ僕にも付け入る隙がどこかにあるんじゃないかと……僕は…愚かにも思ってしまう」
 でも僕は、と古泉はぎゅっと手のひらを握り締めた。
「あなた方の間に割って入るようなことしたいわけではないんです。そんなことしたいわけじゃないんです。涼宮さんが、あなたがしあわせなら、僕はそれでいいんです。いいはずなんだ。それなのにあなたはいつまで経っても答えをはぐらかしてばかりで、僕は振り切ることができない…っ」
 早口に、咽喉を引き絞って引き出されたような古泉の声は、最後は小さくなって消えた。
 古泉は一度深く息を吸い込み、また言葉を吐き出す。
「…教えてください。どうしてあなたは答えを出したがらないんですか?どうしてそんな顔をするんですか?あなたは涼宮さんといてしあわせじゃないのですか?」
「………」
「涼宮さんは笑っていなきゃいけないのに。あなたはしあわせでないといけないのに。どうして」
 どうして、選択をしないのですか。
「いい加減にしてください。涼宮さんが大事でしょう?好きでしょう?愛しいと思っているのでしょう?涼宮さんだってあなたが大事で好きで愛しいと思ってます。それなのに何であなたも涼宮さんもそんなにグラグラ揺れてばっかりいるんですか。頼みますから落ち着いてください。安定していてください。見てるだけの僕ですら不安になります。だったら涼宮さんはもっと不安でしょう?あなた方の不安は、不安定は、人に移るんです。涼宮さんは笑ってなきゃ駄目なんです、あなたはしあわせでないと駄目なんです。お願いですから涼宮さんを泣かすような真似をしないでください…」
 古泉はもう一度、お願いですから、と続けた。
 僕が浅ましくも付け入ろうなんて思わないくらいしあわせでいてください、二人で笑っていてください、と古泉は自分こそ泣きそうな声で俺に懇願した。
「お前、…そんなにハルヒが好きか」
 感情を吐露する古泉をただ呆然と見詰めていた俺のようやく開いた口から零れ落ちた言葉は、随分と的を外していたことを古泉の反応で知る。
 古泉は俺の反応に目をわずかに見開き、それから眉を落として少し寂しげな顔で笑った。
「何を今更…。僕の世界の中心は彼女です。あなたは否定するけれど――涼宮さんが神であろうとなかろうと、彼女の一挙一動で僕の行動も言動も決まってしまう。彼女が閉鎖空間を生み出せば僕はそこに生まれる神人を狩りに行く。彼女を否定することは僕自身への否定に直結しているんです。彼女の平穏なくして僕は立ち行かないんですよ」
 立て板に水のように喋りながら、古泉はやっぱりどこか泣きそうな顔で笑った。
 疲れているのかもしれない。でなきゃ説明できない。こんな感情的な古泉は見たことがない。感情的になってまくし立てるなんて、あいつの中の古泉一樹というキャラ設定にあるはずがない。
 うやむやにして、この手の話は打ち切られるはずだった。
 それなのに会話は終わらず、古泉はいつまで経っても小さな子供が苦手な食べ物を口にしてしまったようなどこか泣きそうな顔で、そして俺は混乱した。
「…泣くなよ」
 俺は混乱した。
「……泣いてませんよ」
 古泉は俺の科白を否定する。
 けれど、俺の目に映る古泉は、やっぱりどこか泣きそうだと思った。傷が痛むんだと顔が言っている。たいしたことない傷だと言うくせに、傷が治らないと泣いている。
「……俺は幸せじゃなきゃいけないと言うくせに、じゃあお前こそなんでそんな俺に付け入れと言わんばかりに隙だらけなんだ」
 今俺の目の前で醜態を晒しているのは誰だ?
 今俺の目の前で俺の気を引いているのは誰だ?
「なぁ、泣くなよ」
 俺の伸ばした手が古泉の髪に触れた。
 瞬間、古泉はまるで油の切れた機械のようにギシリと身体を軋ませた。
 そうだな、俺からお前に対してアクションを起こすことなんて滅多にない。触れるなんてそれこそ。
「古泉、泣くな」
 きつく眉間に皺を寄せ、奥歯を噛み締めた古泉が俺を睨んでくる。
 けれど、古泉、お前俺の手を振り払えないんだな。
 俺は確信を得て、その後頭部にそっと手を添えると自分の肩口に頭を引き寄せた。
 今俺の目の前で醜態を晒しているのは誰だ?
 今俺の目の前で俺の気を引いているのは誰だ?
 今、俺の目の前にいるのはハルヒじゃない。
 泣くな。悲しむな。
 忌々しいことに、俺は泣いているやつを放っておけるほど冷たくなれない。たとえ相手が男でも。
「お前を選んでやる」
 傲慢な言い方をして、お前が誰を選ぶかはお前次第だがな、と付け加える。
 俺の唐突な言葉に、一瞬古泉の周りの時間が止まった、気がした。
「な…っ?!何言っているんですか!今の今までの会話の内容わかっているんですか!誰がそんなことお願いしましたか!僕はそんなこと一言も…!」
 突然のことに思考も舌も硬直してしまったらしい古泉が我に返ると慌てた声を出す。
「うるさい。耳元で喚くな」
 あなた馬鹿ですか、と罵りながら、でも古泉はやっぱり俺の手から逃れず、言葉とは裏腹に身体を硬直させて身動ぎすらできないでいる。
 俺の叱責に黙り込んだ古泉に、俺は言葉を続ける。
「答えを出せと言ったのはお前だろ、古泉。決めたんだから喜ぶべきであってお前が怒るのは見当違いだ。いいか、わかったか?」
「………」
 古泉は答えない。
「だいたい、俺とハルヒじゃあお前は第三者なんだよ。俺とハルヒで決断しなきゃならんことがあるとは思えないが、あるなら俺とハルヒとでするもんだろう。なのにどうしてお前が口出してくるんだ?余計なお世話以外の何者でもないだろ。お前が不安だから?なんだそれは。それこそ勝手にしてろってもんだ」
「………」
 古泉は答えない。
「だが俺とお前のことは当事者同士だ」
 俺は自分を落ち着けるために大きく息を吸い込んで大きな溜め息を吐き出した。お前に、この心臓の音は聞こえているだろうか。
「俺とお前の話をしようじゃないか、古泉」
 古泉の身体が僅かに震えた気がした。いや、もしかしたら俺の自身の震えだったのかもしれない。
 うやむやにして、この手の話は打ち切られるはずだった。
 だがその答えを欲しがったのは。
 欲しがったのは?
「これはそもそもハルヒが決めることであって俺やお前が話し合うことじゃないわけだが…俺には何度考えたってハルヒは俺じゃないと駄目だとは思わん。だが――…」
 途中で咽喉が圧迫されて言葉に詰まった。
 俺は慌てて小さく息を呑むと早口に続きを口にした。
「お前は俺じゃないと泣きそうだ」
 というか泣くんだろう?
 きっと自分が泣いていることにも気づかないで、涙も流さないで、古泉は泣くんだ。
「俺はちゃんと決めたぞ。お前は何を望む?」
 俺が言い終えても、古泉は一言も口を利かないばかりかしばらく動かなかった。
 そしてどれくらい経っただろうか、辛抱強く待ってようやく古泉が声を発した。
「……後悔、しますよ」
 やっと口を開いたかと思えば、なんて科白だろうね、まったく。
 搾り出すように、吐き出すように。古泉の口から出てきたのは低く掠れた声だった。こんな声は初めて聞く。今日は初めて尽くしだ。
「後悔ならしてるさ」
「………」
「後悔なんて、これからも何度だってするんだろうよ。でもそれくらいなんだってんだ。小説や漫画じゃないんだから、めでたしめでたしもハッピーエンドもないんだよ。俺たちはこれからもずっと続いていくんだからな」
 今日も明日も明後日も一週間後も半年後も一年後も十年後も、これからずっと続いていくんだから。
 そうしたら後悔の一つや二つや三つや四つ、して当たり前だろ。しないほうがおかしいだろう。
「古泉」
「………」
「古泉」
「……………」
「古泉」
「……………………はい」
 辛抱強く古泉が返事をするのを待っていた俺は、やっと返った小さくて掠れた返事の主に宣言する。
「覚悟、決めろ」
 ぐっと指に力を込めて手のひらを握る古泉を感じた。実際見たわけじゃないから断言できないが、息を呑み強張った古泉の身体の反応からそんな雰囲気を感じた。
 反対に俺は古泉の頭から手を離す。
 どれくらい時間を要しただろうか、俺の手が離れてようよう自分の頭を持ち上げた古泉は、俺の顔を見て目を見開き、それからくしゃりと顔を歪めた。
「……あなた、なんて顔してんですか」
 知るか、自分で自分の顔が見れるわけないだろう。
「酷いですよ。……真っ赤です」
 自分こそ真っ赤な顔で俺の頬に手を伸ばしかけて触れられずに、指先を中に浮かせたまま動けないでいるやつにとやかく言われたくないね。
 俺は自棄になって、眼球の表面に水分を溜め、けれど目の縁から一滴も水分を零さないでいる茶色の目を見つめながら、浮いたままになってた古泉の手を掴むと自分の頬に押し付けた。
 お前が何かを罪に問われるというなら俺も同罪だ。だがそれは実際の罪ではなくお前の中に芽生えた罪悪感以外の何者でもない。それを、誰が裁くっていうんだ?
「……あなたがいいです」
 古泉がぽつりと小さな掠れた呟きを零した。
「もしも僕に何かを選ぶことが許されるというのなら、僕は……」
 あなたのそばにいたいです。
 古泉の声は掠れて乾いていて、末尾は滑稽なくらい震えて小さくなり、些細な物音にもかき消されてしまいそうだった。けれど俺の耳には届いた。
 とうとう言ってしまったと古泉は唇を噛み締め、眉を寄せた。
「許す」
 俺はどうにもこみ上げてくるものを溢れてこないよう飲み込んで、ふざけたように返してやる。
 そんな俺の返答に古泉が眉を下げて弱弱しく笑った。
 笑って、瞬いた古泉の無駄に長い睫毛は少し湿っていて、キラキラと光を反射した。
 後悔の一つや二つや三つや四つどころかいくらでもしてやろうじゃないか。
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