略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by バタフライ効果 - 2008.06.13,Fri
「余興ですよ、余興」
お相手願えますか、と笑って手を差し伸べてきやがる優男を本気でどうしてくれようかと一瞬考えた。
だがここでぎゃーぎゃー騒いだら俺がこいつを意識しているみたいでいただけない。
自棄気味に手を預ければ恭しく手を引かれて、ホールの中心へと引っ張り出される。おいおい端でいいだろ、端で。あんまり真ん中に行くと目立つだろうが!
「中央のほうが反対に人が少なくて人とぶつかる心配がないんですよ」
俺が内心で喚いているのを気づいていながらそ知らぬ顔で古泉はもう片手を俺の腰に回した。
社交ダンスなんて士官学校の授業で習って以来――なんで士官学校でこんなもんを習うかといったら官を頂く軍人はセレブリティとの交流もあるためだ。忌まわしいことに必須科目なのである。なんとも忌まわしき古き良き伝統だ――だった俺は、正直古泉のエスコートなしには踊る以前にまともに足を動かすこともできなかっただろう。つまり、腹立たしいことこの上ないが古泉はリードするのが大変に上手かった。考えるより前に古泉に合わせて俺の足が出る、動く。上手いやつと踊るのは楽だとわかっていたがこんなところでしみじみと実感なんぞしたくなかった。女側のステップを踏まされているのは気に食わないが――男同士なのだから必然的にどちらかがそうなのは致し方ないし、実習では男女の比率の関係で男子は女子のステップも学んでいたが――何も考えないで古泉がリードするままに合わせていればいいのは楽で助かる。もう一度言うが、俺が社交ダンスなんてものを踊るのは士官学校の実習以来なんだ。ステップなんてさっぱり記憶の彼方だ。
くるくる、くるくる、身体が回る。
時折嬉々として踊るハルヒとそのハルヒに引っ張り回されて目を回している朝比奈さんのお姿が回る視界に入ってきた。
楽しそうだなぁ、おい。
「あちらも楽しそうですねぇ」
身体が密着しているせいで顔が無駄に近い。
耳元で息を吐き出すな!
「こちらで楽しいのはお前だけだ」
「おや、楽しくありませんか?」
「楽しいわけあるか。余興というより見世物の間違いだろうが」
「まあまあ、たまにはいいじゃないですか。僕らが和気藹々とやっているのをお偉方にアピールできる格好のチャンスだと思えばいいんです」
何が和気藹々か、頭が沸いていると思われるのがオチだろう。
「そんなことはありません。涼宮閣下が現状に満足している限り、無茶で無理で突飛なことを言い出さないことは上層部だってそろそろ学習している頃でしょう」
「……それはそれでどうなんだよ……」
「そもそも社交パーティーに涼宮閣下が出席なさるなんてたいした進歩でしょう。以前の彼女なら下らないの一言で却下ですよ、却下」
…却下して、招待状をビリビリに破いて捨てていただろうな。
「これは喜ばしい変化です。あなただってそう思いませんか?」
「…まあな」
「どんなことにでも楽しみを見出せるようになれば涼宮閣下の憂鬱も減少することでしょう」
曲が終わった。
どうやら一応俺に気を使ってそれほど長くない曲のときを狙ったらしい。
「さて、次は閣下にお相手していただきましょうかね」
「そうしろ」
目を回してよろよろになった朝比奈さんのそれとなく救出をしてくるつもりらしい。古泉にしては気が利く。
「あなたが行ってくださればいいんですが…」
「断る。あいつの相手が俺に務まるかよ」
ステップも怪しい俺より、見栄えからしても階級からしてもお前のほうが適任だ。お前ならハルヒの足を踏んで怒られるなんてこともないだろうしな。
「では、あなたは長門さんを誘っては?」
「……俺のエスコートじゃ、長門の足を踏むだけだぞ?」
「大丈夫です、長門さんならあなたを上手くリードしてくださいますよ」
「それはそれでどうよ」
「せっかくのパーティーなのにこのまま彼女を壁の花にしておいては勿体無いと思いませんか?」
ほら行ってください、と古泉がそれとなく俺の背を押した。
進行方向の先には椅子にちょこんと座って本を読んでいる長門がいる。
俺と古泉は軍服だったが、女性陣はふわふわして柔らかそうなドレスを身にまとっていた。
ハルヒは真っ赤なバラの大輪みたいなタイトで横に深いスリットが入ったゴージャスなロングドレス。朝比奈さんはピンクのバラの可愛らしい髪飾りを付けて、可憐な花のブーケみたいな裾が薄い布で何重にも重なってふんわりと広がる膝下丈のフェミニンなピンクのドレス。長門は左手首に白いリボンを可愛らしく蝶々結びで巻き付けて、胸下で切り替えが入ったたっぷり布を使った膝丈のシンプルだが愛らしいシルエットの白いドレスを着ていた。
古泉の言う通り、これは確かに壁の花にしておくには惜しいだろうよ。
見れば、長門が座っている周囲には長門に声を掛けたいが声を掛けるタイミングを掴めず遠巻きにしている男共が長門の様子を窺っていることに気が付いた。
「……なるほど」
俺は古泉の真の目的に気づいた。
悪い虫が付かないよう虫除けになってこい、と。
いや、反論はないがな。だがここは古泉、お前の出番だったと思うがな。
しかし幕僚総長は上級大将のお守りで忙しい。
俺だって長門にどこぞの馬の骨とも知れない虫が付くのを許してやるほど広い心を持ち合わせてはいないんでな、喜んで防虫剤になってやろう。
「長門」
「……なに」
そばまで近寄って声をかけると、長門が本から顔を上げた。
「一曲お相手願えますか?」
古泉ほどには決まらないが、俺はできるだけ気取って長門に右手を差し出す。
「……そう」
長門は俺の目をまっすぐ見て、本をぱたんと閉じると、すっと立ち上がって座っていた椅子に本を置いた。
小さな白い手が俺の手に重なる。
長門の足を彩る白い華奢なパンプスを見て、
「先に謝っておく、足踏んだらすまん」
「いい。私が回避する」
「そうか」
「そう」
任せて、と長門が頷く。
心強いことこの上ないが男としては情けない。
先程古泉と踊ったことで、おぼろげながらステップを思い出した俺は、長門のリードのおかげもあってなんとか形になる程度には踊ることに成功した。
長門の足を踏まずに一曲踊り終えたときには、俺は俺を褒めてやりましたよ。古泉の足ならまだしも、どう考えても長門の華奢な足を俺が踏んでいいわけがないからな。
後日、
「ダンスパーティーもなかなか面白いもんね!」
パーティーを楽しんだらしいハルヒがパーティー荒らしに乗り出したのは、言うまでもない。
「平和で結構なことじゃないですか」
古泉は笑ったが、俺は口癖となって随分経つ定番の科白を呟いた。
やれやれ。
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