「『心の底を傾けた深い交わりは禁物です。愛情の紐は解けやすくしておいて、会うも別れるも自由なのがよいのです。』」
まるで歌のように、紡がれた。
「はぁ?」
唐突に古泉が発した声に、同じテーブルに付きながら、しかしまるでたまたま座り合わせて相席することになってしまった他人同士のように無関心に雑誌に落としていた視線を俺が上げると、古泉は律儀に俺と目を合わせてから続けた。
「ギリシアの三代悲劇詩人と呼ばれたうちの一人、エウリーピデースの残した言葉ですよ」
にっこりと微笑んだ古泉の指がオセロの駒を一つ、ぱちりと小さな音を立てて置いた。
「だから?」
何を言い出すんだこいつ、と怪訝な表情を隠さずに正面に座る古泉を見やれば、古泉はまるで歌うかのように皇かに言葉を舌に乗せる。
「自由はそのままに、あなたに愛を捧げます。ですから」
にっこり、古泉は含みを感じさせない顔で笑う。
「僕とただならぬ関係にでもなってみませんか」
他意はなく、きっと真意もなく「きっとそこそこスリリングで楽しいと思いますよ」と模範的な笑顔を浮かべる古泉に、俺も俺らしい表情で返した。
「見たことも会ったこともないどこの誰だか知りもしない人間の戯言なんかの引用で、この俺を口説いてるつもりか?」
古泉を見る目を細め、実に馬鹿馬鹿しい、詰まらないと言ってやった。
「告白くらい自分の言葉でしてみせやがれ」
それくらいの誠意もお前にはないのか、と冷ややかに言い捨てた俺の視線を真正面から受け止めながら、古泉は変わらず柔らかく笑っている。
「それは不可能でしょう」
愛など語られすぎて、最早愛にはもうどこにもオリジナルが存在できるだけの寛容さを持ち合わせていませんよ、と嘯いて。
「困りましたね、それだと僕は一生あなたを口説けないなことになります」
自分自身の首を絞める発言にもやっぱり古泉は笑って、オセロの駒をまた一つ置いた。古泉の長い指先が置いた色とは違う色の駒をいくつかひっくり返す。俺はこれ見よがしに溜め息を吐くと、雑誌に視線を戻してページを捲った。
俺が断ったから対戦相手がいないとはいえ、一人でオセロなんかして楽しいのかね?全くもって不毛過ぎるだろうに。
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