朝、通い慣れた坂道を登っているいると前のほうで見慣れた黒髪の毛先が揺れているのが見えた。
声をかけるには、ちょっと距離がある。
間にいる数人の生徒を追い抜いて近寄るかこのまま一定距離を保ったまま校舎へ向かうか。
選択肢を色々思い浮かべて、けれど結局僕は速度を変えることなく普段どおりの足取りで歩いて行くことにした。
なんとなく、風に揺れる彼の髪をもう少し眺めていたかった。
朝からいい天気だ。
きっと放課後までこの天気は続き、団活日和になることだろう。
なんとなく、好きなのかもしれない、と思った。
自覚したからといって何かが変わるわけでもないけれど。
けれど嫌いでいるよりはずっといいだろう。
最近では最も長い時間近くにいて会話をする相手なのだから、その相手に悪意ではなく好意を抱けるということは素晴らしい。
自然に口角が上がり唇が弧を描いた。
好きです。
あなたが好きです。
たったそれだけの感情で、ここまで多幸感が味わえるものなのか、と僕はちょっとした感動を覚えた。人間とは、なんて単純で幸せな生き物なのだろう。
そう思いながら今まで一度も本人に向かってどころか実際に口にしたことのない彼の名前を彼の背中に向けて心の中で呼んでみた。
「 」
まるで聞こえたみたいなタイミングで彼は後ろを振り返って。
彼の目が僕を見つけた。
目が合って反射的に笑い顔を作った僕を見て、彼は眠たげな目を不機嫌そうに微かに眇める。
僕は彼のそばに寄るために歩調を速めた。
「おはようございます」
「…………おう」
彼は僕が隣りに並ぶと、僕が追いつくまで微妙に速度を落としてくれたらしい歩調を元の速度に戻した。
「早いですね」
「……日直なんだよ」
眠そうに、ふわぁと大きく口を開けて欠伸を一つ。
「お前こそ」
目の端に浮いた水分を無造作に手の甲で擦る彼と肩を並べて歩き出す。
「僕はだいたいいつもこの時間ですよ」
「優等生は大変だな」
そっけない彼の口調に、僕は笑みを深くする。
「それほどでもありません。たまにはいいこともありますし」
「いいこと?」
「朝一番にあなたに挨拶ができました」
「お前朝から脳みそ沸騰してんのか」
僕の発言に呆れたのか、彼は嫌そうな顔をして僕から目を外して前を向いてしまったが、僕はしあわせだなぁ、とそれこそ彼が言うように頭の沸いたようなことを思った。
「いい天気ですねぇ」
「……だな」
坂道の先に広がる青空に目を細めた僕に、彼が小さく同意した。
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