彼は傘を差さずに立っていた。
手には開かれたままの傘が握られている。
雨は降り注ぎ、彼を濡らし、制服を濡らし、剥き出しの腕を伝い、手に持つ柄を伝い、開かれたままの傘は中心部に流れこんだ雨を溜める受け皿となっていた。
目の前には濡れて変色した段ボール箱。
中には薄汚れた毛玉の塊みたいな猫が一匹。
横たわっている。
まだ生まれて間もないのだろう、とても小さい。
雨は平等に、段ボール箱もその中に無造作に入れられた小さな猫も濡らしていた。
ニー、
一度だけ、弱々しく猫が鳴いた。
雨は冷たい。
見下ろす。
けれどそれだけ。
差し伸べる腕なんて持っていない。
(飼えませんし。)
雨除けのために傘を置いていくなんてしない。
(僕は傘をこれしか持っていませんし。)
長い前髪を伝って雫が滴ってくる。
(飼えませんし。)
傘を下ろしたのは腕が疲れたから。
(明日も雨が降ったら学校行けなくなりますし。)
濡れた服が張り付く肩が寒さにブルリと震えた。
(飼えませんし。)
雨の降る音が世界を支配している。
段ボール箱の中も彼の立つ場所も、飲み込まず突き放す。
髪の毛に染み込んで地肌を伝って落ちてきた雨が目に入った。痛い。
猫は鳴かない。
鳴かない。泣かない。
「にー」
彼は猫を真似て一度だけ、ないた。
声は寒さに震えていた。
どれくらい時が経過したのか。
彼のブレザーはすっかり雨を吸い込みじっとりと重さを増し、色を変えていた。
延々と立ち続けて、雨に打たれ続けて、そうして初めて彼は段ボール箱のそばにしゃがみ込み、冷たくなった猫の身体を撫でた。
そして公園の脇の硬い土を素手で淡々と掘る。
爪の間に土が入り込み、彼の整った指先を汚した。
「…――古泉?」
通りかかった公園の前で不意に足を止めた僕を彼が訝る。
「どうした?」
「……いえ、別に」
別にって顔じゃねえぞ、と彼が僕から視線をずらし公園の中へ目を向けた。
公園は雨で煙っているように見える。
「何かあるのか?」
「――――が」
「え?」
聞こえなかった、何て言った?
傘を叩く雨脚はだんだんと強くなってきている。
聞き返してくる彼に、僕は先程よりはっきりと声を出した。
「僕の墓が」
あるんです、と笑っているだろう僕の顔を、彼は奇妙なものでも見るような目つきで目を眇め、それから素っ気なく「あっそ」と返事を返すと再び歩き出す。
彼の足元で溜まっていた水が跳ねた。
僕はそんな彼の無関心さに救われる。
僕の内側に決して入ってこない彼の存在に救われる。
――けれど。
彼は、僕のために公園の硬い土を掘ってくれるだろうか。
詮無いことを考えた。
僕は再び歩行を再開し、彼の後ろに続いた。
もう公園を振り返らない。
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