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略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by - 2026.06.14,Sun
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Posted by バタフライ効果 - 2008.06.27,Fri
(森さんと古泉)

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 私の目から見て、古泉一樹という子供はどこか夢中になれるものを探しているように思えた。
 神から与えられた役目もあって、気づけば拘ったり躍起になったり慌てたり動揺したり、といった感情を表に出して振舞うことから程遠い位置にいた古泉は、何に対しても温度の低そうな視線を向け、自分には関係ないとでも言うようにそっと距離を置いて、そ知らぬ顔で相対していた。それでいながら、けれどいつだってどこかが飢えてでもいるかのように、無意識に足掻いているようにも感じられた。
 長い時間経過し、凝って収縮し変形して溶けにくくなった、製氷剤の片隅に偏った水の慣れの果てのような。神の鬱屈が降り積もって、その圧迫で押し潰されて変形してしまった存在。私は古泉をそう感じていた。
 そんな古泉の歪な視線が世界を斜めに見遣りながらも何かを探しているのを感じていた。ただじっと、暗い瞳が静かに闇の底を睨んでいた。それは多分夢中になれるもの、もしくは縋れるものを、空洞の身体の中にある歪な氷の欠片を溶かしてくれるような何かを古泉は求めていたのではないかと思う。神に縋る術を持たない私たちは、他に縋るものを探すしかなかったから、その気持ちは痛いほどわかった。
 作り上げられた古泉の丁寧な口調に優しげな笑顔は、半ば諦めで占められていることを私は知っている。古泉はもう憤ったり嘆いたりすることに疲れてしまっているのだ。古泉の心中は穏やかなのではなく干上がったプールなのだ。風が吹いても波打つ水は一滴もない。
 もう古泉は長い間、揺れるだけの感情で自分の中に満たせていないのだろう。さみしい子だ。かわいそうな子だ。それがさみしいことだと知りながら、もうそれさえもどうでもいいと頭の片隅で考えているのだろう。私たち機関は何度も何度も世界を破壊している。閉鎖空間という神の世界を。多感な時期に灰色の世界に放り込まれて破壊を余儀なくされた古泉の心が膿まないわけがない。
 それでも私は思う。閉鎖空間へ向かわせながら、古泉の中が空っぽでなくなればいい、と。破壊を強いながら、古泉に水が満ちればいいと。すべてを諦めて笑うには、古泉はまだ若すぎるのだから。
 
 
 
 
 
「そういえば学校はどう?馴染めているのかしら」
「別に、普通ですよ。――神がいる以外は、普通です。馴染んでいるかどうかは視点によって変わってくるでしょうが、それなりに上手くやっていますよ」
 きっちりと制服のネクタイを締めている姿をざっと眺めた私に、古泉が笑った。
「そう、それならいいわ。それで、その“神”はどう?」
 会う前と今では印象は変わったかしら?
「……答えにくいことを簡単に聞く人だ」
 苦笑を浮かべ、古泉はほんの少し逡巡してから口を開いた。
「涼宮ハルヒは……普通の女の子に、思えます」
「…――そう。仲良くやれてる?」
「……仲良くしてますよ」
 わかっているでしょうに、と古泉は自嘲の笑みを浮かべる。
「僕は神の意向に逆らえないし、逆らう気もありません。せいぜいご機嫌取りをしますよ」
 古泉の発言に私は眉をしかめた。
「古泉、皮肉な物言いは卑屈になるだけだからやめなさい」
「…すみません。根が捻じ曲がっているものでして」
 古泉がそんなことはどうでもいいとでも言うように些か乱暴な返答を返してくる。
 閉鎖空間から戻ったばかりで気が立っているようだ。
「まぁいいわ。そういえば一般人の子はどう?同じ男同士、その子とは仲良くやれてるのかしら?」
「……さぁ?」
「なに、仲が悪いの?」
 あれだけ上手くやりなさいって言っておいたのに。
「別に仲が悪いわけじゃないですよ。ただ――仲が良くないだけで」
 古泉の回りくどい発言に、私は思わず溜め息を吐いた。
「任務を忘れられても困るけど、せっかく久しぶりに年相応の環境にいるんだから、学校生活をもっと楽しみなさい」
「――了解しました」
 頷いた古泉を見て、私は不意に気づく。
 先程のやりとりの古泉の発言と、微妙にあった間に。
 特殊な背景を背負った古泉と、まったく何も背負わずしがらみのない一般人。そんな相手と果たして本当に何のしがらみもなく仲良くできるものなのか。もしそれが私だったらきっと否だ。たとえ任務でも、任務だからこそ、嫉妬をしてしまうことだろう。相手が自由であることに。私はこんなにいろんなことを我慢しているのに、と。暗い感情が湧かないわけがない。
 私は自分がした発言のまずさに思い至った。
 普通の中学時代を送ってきた一般人と、異常な中学時代を送ってきた古泉とで、溝がないわけがないのだ。
「ねぇ古泉」
「はい」
「友達、作りなさい」
「……突然なんですか?」
「誰でもいいわ、誰かを好きになりなさい」
「…………」
 古泉が唇を吊り上げて笑った。
 私を軽蔑するような目で見たが私は気にせず続ける。
「人でなくても何でもいいわ。何かを――大事だと思えるものを持ちなさい」
「…………」
 私の言葉に古泉は貼り付けた笑みを浮かべたままだった。
 冷たい古泉の視線が私のことを愚かな人だと言っている。
 けれど私は言う。
 愚かで何が悪い。綺麗事の何が悪い。
 誰か好きになりなさい。
 大事だと思えるものを持ちなさい。
 捨ててはいけない。諦めてはいけない。
 変化が起これば古泉が苦むことになることはわかっている。
 救いにはきっとならない。
 それでも私は古泉に必要なものだと言おう。
「あなたはそろそろ胸の凝った氷を捨ててもいい頃だわ」
 無意識に呟いていた。
「森さん?」
 今なんて言いました?と問う古泉を私は笑って適当に誤魔化した。
 そんな私を古泉は訝るように見たがすぐに肩を竦めて言及をやめた。
 誰か好きになりなさい。
 大事だと思えるものを持ちなさい。
 それがどれほど古泉を苦しめても、
「感情に振り回されて悩むくらいが高校生には相応しいわ」
 凝った氷を捨てて、そして新しい水で満たしなさい。
 
 
 
 
 
 世界のために戦うあなたに、あなたが守りたいもの、あなたにとって価値あるものがない世界なら、そんな世界は私たちがどれほどがんばったってそう遠くないうちに滅びることでしょう。

  
[新しい水]

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