略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by バタフライ効果 - 2008.06.29,Sun
放っておけない、と伸ばされた手はとても気安く、随分と居心地のいいもののように思われた。
けれど僕はその手を取ろうとはしなかった。
この手は僕のために存在するものではないのだから、それは当然のことだった。
僕の反応に、彼が僅かに眉をしかめる。
彼は疑ってもいなかったのだろう、僕が拒絶することはありえないと。
確かに、彼の認識は正しい。
正しいが、間違っている。
「あなたに最後まで僕の面倒を見る覚悟はおありですか?それがないなら僕のことは放っておいてください。中途半端ですよ」
僕はできるだけ丁寧に声を発し、できるだけ柔らかく笑って彼を見つめた。
なんて見苦しい言い訳だろうと思う。相手に責任を転嫁するような発言だ。
「だからって…知っちまったからにはなかったことになんて出来ないだろ…」
彼は気まずそうに僕から視線を逸らした。
優しい人だ、と思った。ほんの少し僕の内側を垣間見てしまっただけで、僕に対してまでこんなにも迷い甘く優しくなってしまう。
ずっと僕に関わるなんてできないってわかっていらっしゃるでしょうに。
「後で手に負えなくなって放り出されるくらいなら最初から構われないほうがありがたいと言っているのです。僕は犬猫じゃありませんよ?自分が構いたいときだけ構って後のことは知らないと後で放り出されることになる僕の気持ちを少しは考えてください」
本当に、なんて聞き苦しい言い訳だろう。これでは構って欲しい、放っておかないで欲しいと言っているようなものだ。それを誤魔化すように僕の口は勝手にするすると言葉をばら撒く。
「ああこれは犬や猫に失礼でしたね、犬や猫だってそちらの都合で勝手に放り出されたら傷つくに決まってますよ」
笑いながら、喋りながら、僕は言い訳がしたくて堪らない。
「お前は…傷ついたのか…?」
「あなたはいったい僕を何だと思っていらっしゃるんですか?僕にだって感情くらい備わっているんです。当然傷くらい付くに決まってるじゃないですか」
僕はただただ笑みを深くする。こんなときにどんな顔をすればいいかなんて僕は知らない。僕にできることなんて、言葉の裏を悟られないよう雄弁に振る舞い唇の端を引き上げることくらいだ。
彼は笑う僕の顔を傷ついたとしか言いようのない表情で見た。傷ついたことを隠すように、目を眇めて僕を見た。
なんで彼が僕の言葉なんかで傷ついたりするんだろう。
僕は彼を傷つけたいわけじゃないけれど、僕には彼が傷ついたような顔をする意味がわからない。
わからないけれど、僕の言葉にすら傷ついたりするのはきっと、彼が優しいからなんだろう。
彼は誰に対しても優しいのだ。僕だって例外じゃないのだろう。
ああこの人の優しさは毒だな、と思う。
彼の器の広さは残酷だ。
彼は僕のような存在さえ丸ごと受け入れようとする。
なんて残酷なことだろう。僕のような卑屈で卑小な存在は彼の海のような寛容の前ではすぐに溺れて窒息してしまうのに。
浜辺で戯れにフリスビーを追いかけるくらいなら僕だってお付き合いするのもやぶさかじゃないけれど、僕は砂浜から先には絶対行かない。僕の拙い犬掻きでは海は怖すぎる。僕は溺れたくない。僕はまだこの足でアスファルトの上を走らないといけないのだから。
「人が守れるものなんてほんの少しですよ。多くを囲い込もうとすれば何かが零れ落ちるものです。あなたの腕の中にはもう既に守るべき方たちがいるのに、これ以上僕まで囲い込んでどうするおつもりですか」
それともあなたは僕の知らぬ間に全てを守れるほどのヒーローにでもなったのでしょうか?
出来る限り優しく言った言葉に、彼は更に眉間の皺を深くする。
「僕は僕の立場をわきまえているつもりです。だからこそこれ以上踏み入ってこられるのは迷惑です」
穏やかに、けれど彼がこれ以上僕に近づこうなんて思ったりしないように、見えない境界線を引く。僕自身はこれ以上進めないのだから、彼が近づいてこなければ距離は正常に保たれる。
変わらず笑っている僕の顔を見て、彼は再び目を逸らすと俯いた。
逸らされた視線に僕は少なからずほっとした。これでもう口を開かなくて済むかもしれない。僕の言葉は彼を傷つける。喋れば喋るほど傷つけてしまう。僕は嘘は言っていない。けれど僕の語った本音は裏と表があった。これ以上言葉を重ねたら墓穴を掘りかねないから、黙っていて許されるなら僕はもう黙っていたかった。
僕は彼を見つめながら、到底受け入れられるわけもない好意を切り捨てることにすら躊躇い傷ついてみせる彼の優しさはやはり残酷だと思った。報われるわけもないのに気を持たせるような態度がどれほど残酷か、気づきもしないで。
項垂れて下がった肩を慰めることが許されたらなんて考えない。
握り締められた手に手を伸ばしたりなんて絶対しない。
僕は絶対に傷ついた顔なんてしないと表情筋を引き締めて、俯く彼がいつ前を向いて僕を見てもいいように、僕は僕に作れる限りの最上の表情で笑った。
僕が彼の優しさに傷つくのは見当違いなのだから。
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