略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by バタフライ効果 - 2008.07.02,Wed
涼宮さんの心の平穏が僕の望みであり願いです、現状維持が僕のモットーですと言いながら、時折笑い顔の後ろに潜む何かに気づいていた。
その些細な何か気づくたびに、ああなんて面倒な男なんだと俺は内心で嘆息していた。
古泉一樹は面倒くさい。
それはもう恐ろしく面倒な男だ。
別に多少迷ったっていいんじゃないか、とか。悩んだっていいんじゃないか、とお節介以外の何者でもないことを考える。
お前が振り返ったところで、立ち止まったところで、別に過去は変革されないし、未来だって断絶されたりしないはずだ。その延長で、多少なら弱音を吐いて誰かに甘えたっていいだろう。縋りたいものがあるなら縋ったって誰もお前を攻めたりしない。俺はそう思う。
どれほど鬱陶しい愚痴だろうと、どんな憎たらしい我が侭だって、聞くだけならば聞いてやろうじゃないか。その程度のことは、多分俺だってもうとっくに許容してるんだ。
「あなたが、僕の願いを叶えてくださると?」
「阿呆か。いつそんな話になった。ただ聞いてやるって言っただけだ。お前みたいむっつりタイプは鬱憤を抱え込みすぎて突然爆発するタイプだろうからな。いきなり爆発されたんじゃこっちも迷惑だ、不満は溜め込まないで小出しに吐き出せって言ってんだよ」
手を伸ばし、古泉の後頭部を叩く。
「痛いです」
ぽつりと呟いて、後頭部を手のひらで押さえながら、古泉のもう片方の手が俺の手を掴んだ。
何だよ。
「痛いです」
「そんな強く叩いてねえよ」
「痛いです」
痛い、ともう一度、零すように言って、古泉は不意に俺の腕を掴んでいるほうの腕を思い切り引いた。
「……古泉、だから言っただろうが。突然爆発すんな、小出しにしろって」
「もう遅いですよ」
「何が」
遅いのか、と最後まで俺は言えなかった。
自分の身体に加わった圧迫に、俺の意識は容易く奪われてしまった。
古泉の手はいつの間にか俺の背で爪を立て、肩口に額を押し付けてくる。
「甘えていいのでしょう?縋っていいのでしょう?」
なら、もう僕は振り返って立ち止まって、あなたに手を伸ばすしか道がない。
ぼそぼそと古泉が喋る。
言葉の大半は俺のシャツに染みて消え、残りは耳に届いたがそれよりも触れたところからの古泉の発する声の振動のほうがよほど鼓膜に堪えた。
ざわりと何かが耳を伝っていくのを遮るように、唐突に鋭い痛みが俺の首筋に走る。
「……痛えぞ、この駄犬が」
古泉が開いた襟元から出ていた俺の首に思い切り歯を立てやがった。
「許したのはあなたですよ」
古泉は息を吐くように小さく笑って、自分が歯を立てた肌を慰撫するように舌で舐めてくる。
痛みが過ぎ去り生暖かい感触に取って代わったことで俺は背で粟立つ何かを感じながら、結局好きにさせた。
「あなたを頭から丸ごと食べたら、僕の願いは叶うでしょうかね?」
「そんなことしてみろ、俺の代わりに長門がお前の腹に石を詰めるぞ」
「ふふ、それで池に沈められてしまうんですね?」
それもいいですね、とほざいて笑うから、
「……痛いですよ」
「人間って思ったより硬いな」
自分が先にやっておいて何を言うか、と思いながら思い切り噛み付いた古泉の首から歯を引き離すと、古泉の首筋に歯型が赤い線でくっきりと付いていたが血は出ていない。皮膚の一枚くらいは切れると思ったんだが。無意識に俺が加減したのか、それとも古泉の皮膚が思ったより丈夫だったのか。だが色の感じからして痣くらいにはなりそうだ。今日はこれくらいで勘弁しておいてやろう。
「だいたい感覚は掴んだ。次阿呆なこと言ったら本気で食い千切る」
「…………あなたって人は」
古泉は呆れたように息を吐き出した。
「結局僕はあなたには何一つ敵いませんね」
古泉が低く咽喉を鳴らして笑う。その振動が俺にまで伝わってくる。
「俺はお前に何一つ勝ってないんだから一個ぐらい俺に譲っとけ」
自分で言ってて情けないが、顔も身長も成績も何一つ、勝っているものなんてないんだから。
「はいはい、あなたは何がお望みですか」
半ば投げやりに、古泉が問う。
「古泉一樹」
あっさりと俺が答えると、名指しされた当人が一瞬息を止め、動きも止めた。
「愚痴でも嫌味でも弱音でも演説でも解説でも何でも、聞いてやるだけなら聞いてやる。だからお前は俺にお前の声が聞こえる位置にいろ」
どこにも行くな。俺の前から消えるな。
「勝手に爆発して自滅なんかしたら承知しねえからな」
そのために噛まれる肉ならせいぜい熨斗付けて差し出してやろうじゃないか。
まあ、噛まれっぱなしにはしないが。もちろん反撃する。倍返しにしてやろう。
迷うなら迷いたいだけ迷えばいい。悩むなら悩みたいだけ悩んでいればいい。
振り返って、立ち止まって、混乱して、身動き取れなくなってしまえ。
お前はもう少し自分のことを考えたっていいんだ。それを責めることなんて誰にもできやしない。
だからいい加減お前は、俺がほしいなら遠まわしにまどろっこしい言い訳や意味のわからんこと並べ立てて諦める努力という無駄なことをする前に俺にほしいと言え!
「…………あなたって人はほんと、」
「草食動物みたいな顔をして、お前が根っからの肉食なことくらい、とっくにわかってんだよ」
「…それは、あなただって、同じでしょう…?」
「食べ盛りの男が肉が好きで当然だろ」
「――調理法は何がお好みで?」
「シェフにお任せで」
腹が減っているというなら好きに調理して食べればいいさただし材料が逃げ出さないかと言えば断言はできんがと言えば、古泉が目を細めて笑った。
「では遠慮なく」
いただきます。
言うなり古泉は一度いくらか俺から身体を離すと身を屈めて俺の上に影を作る。
また一つ、噛み付かれた。
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