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略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by - 2026.06.09,Tue
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Posted by バタフライ効果 - 2008.07.05,Sat
(護る人)

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 映像ではなく久しぶりに直接目の前にいる彼が、彼の声が彼の唇が自分の名前、階級を告げた。
 そんなものは今更彼から聞かされるべくもない情報で、なのに彼はまるで初めて会う上官に向かってするように敬礼をする。
「本日付を持ってこちらの艦に配属になりました!よろしくお願いします!」
 あっけに取られたのは僕だけではなく、涼宮閣下も一瞬完全に固まってしまった。
 だがさすがは涼宮さん、すぐに気を取り直すと呼び慣れた愛称ではなく、彼の本来の名前を呼び、
「よく来たわ!今日からあなたは私の部下よ、気を引き締めていきなさい!」
 涼宮さん見事なほど完璧に彼の態度に合わせて応対した。
「詳しいことについては後で追って伝えるわ」
 涼宮さんの言葉に、彼はまた敬礼をすると「失礼します!」と踵を返して艦長室を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 彼の背中を見送った涼宮さんの視線が僕を見る。
 僕も閣下を見た。
 小さく頷くと僕は部下にいくつかの指示を出してから艦長屋を辞した。彼の自室に行くために。
 思っていたよりも予定が詰まっていて指示を出すのに時間がかかってしまったため、廊下では追いつけなかった僕は、彼に与えられた一室へ急いだ。
「古泉です。今よろしいでしょうか」
 インターフォンに向かって言えばすぐに彼の声が答えた。
『どうぞ』
 声がするなりドアが開く。
 中に入ると、まだ開封もされていない彼の荷物が部屋の隅に詰まれて置かれている。
「久しぶりだな、古泉」
「――お久しぶりですね」
 ベッドに腰掛けた彼が、ほんの少し唇を持ち上げて笑った。
「元気でしたか?」
「見ての通りだ」
「そうですか。…――それにしても先程は少し驚きました」
「ん?ああ、あれな、お前ら以外のやつらがいる前で馴れ馴れしい態度なんて取れないだろ」
「涼宮さんは気になさらないと思いますが」
「俺や、俺以外のやつが気にするんだよ」
「気にしますか」
「する。公私はきっちり分ける」
 無用な軋轢は作らないに越したことはない、と彼は軍帽を脱いで髪を掻き上げた。
「僕はてっきりあの会長の下にいたせいであなたが変わってしまったのではないかと一瞬危惧してしまいましたよ」
「はぁ?なんだそりゃ」
「僕だけでなく、涼宮さんも考えたと思いますよ。――まさかあなたが僕らに対して敬礼をするだなんて想像もしていなかった」
「軍属になったんだ、俺だって軍紀には従う」
「それですよ、士官学校時代のあなたなら、軍紀なんて階級なんて、と言ったのではないですか?」
 そんなもので態度や付き合い方を変えるのは馬鹿馬鹿しいとあなたは思っていたでしょう?
 彼が顔をしかめる。機嫌が悪くなったというよりは、苦笑に近い。
「……これだから古馴染みってのは嫌だよな。俺がそれらしく振舞おうとしてんのにケチつけてきやがるんだから」
「ケチ、ですか」
「同級だったからって、それに甘んじてどうするよ。仕事は仕事、だ。お前らがいいって言ってもそれじゃあ下に示しがつかない」
 時間というものを不意に自覚した。
「……――あなた、変わりましたね」
 彼はほんの少し皮肉の込められた僕の科白にどこか誇らしげに微笑んだ。
「別に変わってねぇよ。だが、変化があるとしたらそれはお前らと離れていた時間を無駄にしていなかった証拠だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 学生時代の気分を引きずっていると言われても否定はできない。
 僕や涼宮さんにとって、彼と共に過ごした学生時代は本当に貴重な時間だった。
 そしてそれを引きずっていたのは僕と涼宮さんだけで――…。
「ちょっとキョン!私はそんな作戦認めないわよ!」
「閣下、異論があるならお伺いしますが感情論では話になりません。再考を」
 席から腰を浮かせて怒鳴る涼宮閣下に彼は直立不動のまま事務的に受け答える。
 涼宮閣下や僕の同級だということはすぐに知れ渡り、穿っていた士官たちも彼の実力や彼の態度にすぐに考えを改めるようになっていた。彼は誰に対しても公正公平かつ冷静だった。主観よりも客観を優先させるその姿は贔屓ではないかと勘繰っていた輩に口を開かせる前に黙らせた。
 勤務中だろうと昔のように愛称で呼び続ける涼宮閣下が昔のように彼に応対してもらいたがっているのに気づいているだろうに、彼は勤務中の態度を決して崩さなかった。彼は公私は分けると言っていた自分の言葉を有限実行していた。
 閣下が日に日に苛立つのを感じながら、僕にはそれを解消する術を持ち合わせていなかった。
「作戦参謀、ちょっとよろしいでしょうか」
 会議を終えて会議室から出て行くところの彼を引き止める。
「何でしょうか」
 僕たち以外の全員が会議室を出て行くのを見届けてから、そっとその手を掴んだ。彼に逃げられてはいけないと思った無意識の行動だったが、彼は振り払うことなく手を掴まれたまま大人しくしていた。
「作戦参謀」
 彼が涼宮閣下から拝命した役職だ。幕僚総長なんて大層な肩書きを持つ自分を棚上げにして言うのもいやらしいが――彼の年齢からしたら異例と言ってもいいくらいの出世だった。この役職を彼に与えるために、閣下が無理やり二階級引き上げた。それでも閣下と僕と彼ではまだ階級差が埋まらない。彼から敬語を取り除けない。
「何でしょうか」
「もう少し、何とかなりませんか」
「何とか、とは?」
「涼宮閣下のことです」
「どういうことでしょう?」
 彼は絶対にわかっている。わかっていて、彼は変えるつもりがないと言っている。けれど僕もここで引き下がるわけにはいかない。
「閣下に――涼宮さんにもう少し優しくなさってください」
「お言葉ですが、幕僚総長殿。自分は自分の態度に何か問題があるとは思えません」
 つまりこれからも態度を改めることはない、と。
 無意識に、彼の手を掴んでいた手に力が入る。
 ふ、と息を吐くように彼が笑った。
「……古泉、俺はな、生き残りたいんだよ」
「え?」
「これは演習ではありません。自分たちは模擬弾ではなく実弾を構えているのです。学生のように仲間と和気藹々と戦争ごっこがやりたいのならば涼宮閣下も古泉幕僚総長殿も艦から降りるがよろしいでしょう」
 彼は僕の手を振り払う。
「俺が戦わなきゃいけない敵は内側にも大量にいるんだ」
 すれ違い様、誰もいないというのに僕にだけ聞こえるように小さく呟くと彼は会議室からさっさと出て行ってしまった。
 僕は何も言えなかった。
 顔面を殴打されたような衝撃が僕を襲っていた。
 学生気分を引きずったまま涼宮さんの下について彼女の率いる艦に乗ったことは否定できない。
 これが外部へ出ていた彼と、与えられた箱庭で遊んでいた僕との違いなのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それでもどうしてもわだかまりを払拭できず、勤務終了後に彼の部屋を訪ねた。
 彼は昼間のやりとりなど忘れたかのようにすんなり僕を部屋に通してくれる。
 これも彼の言うところの公私を分けた結果なのか、僕にはわからない。それとも、わだかまりを感じているのは僕だけということか。
「悪いがまだ整理が終わってないんでな、出せるのは水くらいだ」
「あ、いえ、お構いなく。こちらこそ突然押しかけてすみません」
 招き入れられ、座れよと勧められたままに椅子に腰を下ろす。
「いや、お前のことだから後で来るだろうなとは思ってたし」
「……僕はそんなにわかりやすいでしょうか」
「お前は自分のことは構わないくせに、ハルヒのことでは譲らないからな」
「そう、でしょうか」
「そうだよ。だってお前自身は俺に敬語使われることくらい気にしないだろうが」
「……違和感がないわけではありません」
「でも割り切れないわけじゃないだろ?」
「……ええ」
「でもハルヒが俺の敬語を嫌うから、お前はわざわざ俺に問い質しにきた」
 彼は取り出したミネラルウオーターを二つのコップに注ぐと、一つを椅子に腰を下ろした僕に、一つを自分の口へと持っていった。
 彼は立ったままコップの半分ほどを開けて、
「お前は俺がお前らの前で態度を取り繕う理由もそのメリットもわかっているはずだ」
「……ええ」
「メリットその一。感情的にならない冷静な態度は年齢と実力にそぐわない出世をした俺に、ない威厳を多少なりとも補ってくれる。苦肉の策だがな――しないよりはマシだ。その二。年上の部下や俺とそう年の違わない部下に舐められて仕事に差し障わりが出たりしないため。俺が同級生だったからという理由なんかでハルヒに敬語をやめたらそれを見た部下はどう思う?ただでさえやりづらいったらないのに、統制なんて取れるか。その三。ハルヒの足元をすくいたがっている人間に俺が弱みとして目をつけられないようにするため。線引きは絶対に必要だ。違うか?その四。階級が上のハルヒやお前に対して、普段通りの態度の取ったらお前らまで軽んじられたりする可能性がある。それに対して、俺が敬語をやめて得られるものはハルヒの機嫌、ただそれだけだ。下らん」
「…………」
 僕は何も言えなかった。僕だってわかっていた。感情論では駄目なのだ。お友達の付き合い方では駄目なのだ。なぜなら僕たちは軍人なのだから。ここは学校ではない。軍艦の中なのだ。
「……あなたが会長の下へ行ったのは……」
「俺を使えるようにしてやるって会長は言ったんだ」
 思わず手に持ったコップの中身を覗き込むくらいに下がってしまっていた視線を持ち上げると、彼は平素の穏やかな目をして僕のほうを見ていた。
「お前が提出したボードゲームに関するレポート、覚えているか」
「――ええ」
「会長はあれを読んで、あの着想はお前だな、と言ったんだ。古泉は言われたことをより効率よく成功させるための案を考え作戦を組み立てるのは得意だがあいつにこんな柔軟かつ面白い着想なんてできん、これはお前が考えたことだろう、って」
 それは事実だった。あのレポートはボードゲーム中に彼が戯れのように呟いた着想のいくつかを僕なりに考え発展させたものだった。
「他にも俺の書いたレポートに目を通してくれて、着想で思考を止めてんなよ、俺の下に来たらそこそこ使えるようにしてやろう、って」
「……それで会長の下に」
「自分の実力くらいわかっていたからな。伸びる伸び白があるなら最大限伸ばしてもらおうと思ったよ」
「僕たちに何も言わなかったのは、どうしてですか…?」
 涼宮さんも僕も、卒業後同じ場所に配属されると疑っていなかった。当時、彼も何も言わなかった。だからギリギリになって彼が会長の下へ行くと聞いたときは青天の霹靂だった。
「言ってたら、ハルヒはどんな工作をしてでも俺の邪魔をしただろ。まぁ、あの人ならハルヒの無茶苦茶な人事からでも俺を自分のところへ上手く引っ張ってくれただろうが」
 会長は涼宮さんや僕が気づいたときには手遅れなほど巧妙かつ完璧に彼を自分の下へと連れて行く準備をし終えていて、時が来たとき容易く彼を連れて行ってしまった。あの後の涼宮さんの荒れようは酷いものだった。
「気づいていなかっただろうが、補習と偽って俺は在学時に会長の薦めでさまざまな教授のところに顔を出していたんだぜ?」
「……それは、知ってました。何か個人的に興味がおありなんだろうと思って……口出しは控えましたが」
 僕の言葉に、彼はそうか、と頷く。
「当時の俺が」
 彼はコップに残っていた半分の水も飲み干して、
「基本技能も基礎体力も成績も並以下の俺が、あのままハルヒの下についても、俺は何の役にも立たなかっただろう。俺はお前らのお荷物になるなんて死んでも御免だね」
 自分を蔑むように、彼は小さく吐き捨てた。
「荷物だなんて……涼宮さんも僕も、そんなことは思いません」
「俺は思う。仲間だから一緒に連れて行く――それじゃあ駄目なんだよ」
 ああ――。
 僕はまた視線をコップの中身へと下げた。
「俺はお前らの生存率を一パーセントでも上げる。そのために来たんだ」
 彼は真摯な声で告げた。
 そこにいるだけでいい――なんて。
 それは彼に対する侮辱だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それ以降僕は彼の態度に対して何かを言うことをやめた。
 涼宮さんはまだ納得できていないようだったが、彼女もそのうちに理解するだろう、彼の意志を。そして彼がどれほど優秀な人材なのかを。
 彼は僕らを守ると言った。
 それならば僕は、
「僕があなたの剣になり、盾となります」
「――。……ああ、頼りにしてる」
 彼は一瞬目を見張り、ゆっくり瞬くと苦く笑った。
 てっきり否定の言葉で一蹴されると思っていたので、彼が頷いたときには僕は少し驚いてしまった。
「……あなた、やっぱり変わられましたね」
「変わってねぇよ」
「そうは思えません」
「変わってねぇよ。ただ少し……考え方を変えただけだ」
「それを変わったというのでは?」
「俺は前に出れないからな、それを理解しただけだ」
「そうですね、前に出るのは手足である僕でいい」
 そのために僕がいるのだから。
「……前はそれが理解できなかったんだ。どうしてお前が身を挺してまで俺を守ろうとするのか…俺が守られているのか…俺にはわからなかった」
 でも、と彼は僕の背中を軽く叩いた。
「だが今はそれが前よりはわかる気がするから――お前に任せるよ」
「はい」
 知らず顔が緩んだ。
 僕は彼を守っていいのだ。
 守らせてくれる――そのことが何より僕の力となる。
「そして俺は俺を守るお前を守る作戦を立てる」
「期待してますよ」
 僕が笑うと彼も笑った。
 彼は僕らを守ると言った。
 僕も同じだ。
 彼は彼の、僕は僕の大切なもののために戦う。
 何者にも奪わせたりしない。何一つ奪われてなるものか。
 
「守る、絶対に」
 
 どんな敵にだって負けはしない。
 
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