ハルヒが「私はこういうイベント事はしっかりやることにしてんのよ」と言ってまた今年も七夕を祝うという。
「ただでさえ年一でしか会えないってのに、なんだって他人の願いなんぞを叶えなきゃならんのかね?」
織姫も彦星もいい迷惑だろうに。
去年も思ったことを俺は知らず声に出してぼやいていた。
「ははは、誰もがそこを疑問に思いつつも自分の欲求には勝てず短冊に願望を綴る日ってことでいいじゃないですか」
どうせ誰も本気で叶うなんて思ってやいないでしょう。
さり気にさらっと暴言を吐き出しやがる。
「古泉、去年と同じこと書いてんじゃねえよ」
古泉の二つの短冊には去年と同じ四文字熟語が踊っている。一年経っても乱暴な筆致だ。
「これが僕の願いなのだから、仕方ありません。あなたはまだ書かれていないようですね」
「……ああ」
俺はというと、何を書けばいいかさっぱり思い浮かばず、悩んでいた。
「ちょっとキョン!あんたいつまで悩んでんのよ!ぼやぼやしてたら織姫も彦星も逃げちゃうじゃないの!」
いや、星が逃げるかよ。
ちらっと見れば、ハルヒはまたはた迷惑な願いを短冊に書き殴ってやがる。
これ以上ぼやぼやしてたらハルヒの機嫌が悪くなる、と俺は慌てて短冊の上で筆ペンを走らせた。
「おや、結局あなたも去年と同じ願い事ですか?」
「……思いつかなかったんだよ、悪いか」
「いえ、まさか」
見てください、と示されて、
「……なんだこりゃ」
「ふふ、去年と願い事が違うのは涼宮さんだけだったようですね」
それに気づいたハルヒが文句を言っているが聞き流して、俺たちはつかの間七夕気分を味わってから帰途に着いた。
外は曇り。
天帝はなんて意地悪なやつなんだろう。
年一だというのに、こんな天候不順な月にその貴重な一日を指定するなんて。
晴れなきゃ二人は会えないってのに、希望を持たせておいてどん底に突き落とすような真似をするなんて。
「何をお考えですか?」
聞きながら、古泉は俺の思考がわかっているかのような表情で俺を見た。
「別に」
「雨、降らなければいいですね」
やはり空を見上げて俺が考えていたことを察したのだろう、古泉がそっと言う。
「……」
「それに雲の下が雨でも、上は晴れてますから」
心配はいりませんよ、と何もかもを見透かしたかのように古泉は笑った。
「二人は会えます」
「……そうかよ」
「はい」
雲の上は晴れ。
じゃあ雲の下は?
不意に、書き損ねた願い事が脳裏に浮かび上がって、俺は嘆息した。
書かなかった理由は、
「……十六年も、ましてや二十五年も待っていられるか」
十六年後や二十五年後じゃ遅いんだよ。
小さく吐き捨てた。
「――はい?何か言いました?」
俺の声に気づいてこっちを向いた古泉を睨みつけた。
本当の願いは、
俺の願いは、
丁度女性陣と別れる場所まで来ていた。
先を歩いていたハルヒ、朝比奈さん、長門が俺たちを振り返って手を振るとそれぞれの方向へ別れていった。
女性陣を見送り、横にいる古泉を振り返る。
願いは、
「おい」
「はい?」
俺は開きかけた口を閉じた。
見返してくる古泉の癖となった笑い顔に、俺は口を閉じるしかなかった。
俺は古泉の願いを知っている。
世界平和とは、閉鎖空間が発生しない世界ことだろう。
家内安全とは、安らかに眠れる場所が守られていることだろう。
それが古泉の願い。
俺は古泉の願いを知っている。
「……いや、なんでもない」
「言いかけてやめないでくださいよ、気になります」
「何言おうとしてたか忘れたんだよ」
納得いかないとでも言うように、さっさと歩き出した俺の背中に古泉の視線が注がれていたが、無視して俺は足を動かした。
雲の上は晴れ。
じゃあ雲の下では雨よ降れ。
たった一日も俺にはないのだから、隔てる川よ氾濫しろ。俺が川を渡ろうなどと血迷わないほどに。
俺は古泉の願いを知っている。
俺は俺の願いが叶わないことを知っている。
十六年後や二十五年後じゃ遅いんだよ。
その間に誰に取られないと言える?
今だってあいつはハルヒのものなのに。
俺のものにならなくていいから、誰にもあいつをやらないでくれ。
違う、嘘だ。織姫でも彦星でもいい。誰でもいい。
誰でもいいから、今日から後ろに続くあいつの未来ごとあいつを俺にくれよ。今すぐ。
たかが七夕の短冊に書かれた願い事で、なんでこんなにも心臓が痛くなるんだ。誰か助けてくれ。
精神的作用でこみ上げてきた何かで吐きそうだ。
ああちくしょう。どうしてあいつなんだ。なんで俺は、
俺の願いは、
俺の本当の願いは、誰にも言えない。
Powered by "Samurai Factory"
