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略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by - 2026.06.10,Wed
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Posted by バタフライ効果 - 2008.07.25,Fri

(料理の作り方は友達のものを参考にさせてもらいました)

拍手[2回]


 
「ところで言い忘れていたのですが」
 ブレザーを脱ぎ、ネクタイを胸ポケットに入れ、シャツの袖をまくって、さあこれから夕食の準備をしますよという姿になった古泉が、ラグマットに胡坐をかいた俺の前で正座をすると神妙な顔で切り出した。
「なんだよ」
「僕の作るシチューは一日寝かせないとならないのです」
「…………。つまり、今日は食べられない、と」
「はい」
 真面目な顔で頷いてんな、馬鹿野郎!
「今晩のメシは?」
「他にも材料を買ってきましたので別のものならお出しできます」
「いや、そういう問題じゃないだろ!俺の腹はもうシチュー食べる気満々なんですが!」
 期待させるだけさせておいて、どうしてくれる!
「あなたが前もって言ってくだされば、僕だって今日食べられるように仕込んでおきましたよ。でも、今日突然――しかもさあ帰ろうというところになってから――切り出したのはあなたですよ」
 思わず詰まる。
「……それは……俺が悪かった。……言い忘れてたんだよ。でも、だな、なんで今日食べられないんだ?」
 シチューって確か、寝かせないと作れないようなものじゃなかっただろ?
「そうですね。普通に作れば、多分今日中に食べられると思います」
「じゃあ普通に作れよ」
 古泉はあからさまに溜め息を吐いた。
 なんだよ。
 言いたいことがあるなら口に出せ。
「誰にでも作り慣れた手順というものがあるんですよ」
「つまりお前にはお前の作り方がある、と」
「ええ」
「それを曲げてまでシチューを作りたくない、と」
「いえ、そこまでは言いませんが、僕はここに書いてあるような普通の作り方で作ったことがないので失敗しないとは言い切れません」
 古泉の指が俺が自腹を切って買ってきたシチューの素のパッケージ裏を指差す。
「シチューって失敗するもんなのか」
「そんなことは知りませんよ」
 そう言いながら、古泉は真面目な顔で読み込む。
 俺もつられて、パッケージ裏を覗き込んだ。
 切って炒めて煮込む――。
 それほど複雑なことは書かれていないように思うが、俺は自分で作ったことがないので簡単なのかどうかの判別がつかない。だからそれについて口を出す権利はないわけだが。
 それにしても古泉、お前もしかして実は結構融通が利かないタイプか?
「否定しません。僕は教えてもらった手順を丸ごと覚えてそれをそのまま再現する方法しか知りませんので。野菜を切る腕くらいならそれなりに上達したつもりですが、僕にはまだ臨機応変に応用を利かせられるだけの腕前はないのですよ」
 古泉は少し肩を竦めて苦笑した。
「一日かかるシチューってどんなだよ?」
 気になっていたことを聞く。
「炒めないんですよ」
 古泉の指がパッケージに書かれた手順②を指先で叩く。
 鍋に入れられた肉と野菜がヘラで混ぜられている絵。
「え、それって大丈夫なのか?火通らないんじゃないか?」
「だから煮込んで、一日寝かせるんです」
「ああ、なるほど。でもどうして」
 炒めない方法なんだ?
「僕の料理の師匠は新川さんなんですが、炒めないのは彼が料理初心者の僕でもできるように、と考えてくださった料理方法だからです」
 しゃべっている途中で古泉が何かを思い出したのか、笑う。
「思い出し笑いしてんな。気色悪い」
「はは、すみません。森さんからのアドバイスを思い出してしまいまして。彼女は僕に、どんな食べ物も火が通っていればよっぽどのことがない限り食べて死ぬようなことにはならないでしょう、とりあえず火を通しなさい、と言ったのです」
「……男前だな」
「ええ、彼女は僕が知る女性の中でも抜きん出てて格好いい女性です。おっと、話が逸れましたね。新川さんはまず僕に包丁の使い方を教えてくださいました。そして、均一に切りなさい、と」
「なんで?」
「根菜類などは火が通りにくく、しかも形がまばらだと火の通りが均一にならないんですよ。かといって、その当時の僕には丁度いい大きさに切れるほど腕前はなかった。だから、ある程度全体の大きさを整える、という意味で切っていったら結果として刻むくらいになってしまいましたが…」
 そういえば、こいつの料理の具材は細かく刻まれていた気がする。そういうことだったのか。
「そうです。今も結構細かいのは癖のようなものですよ。細かければ火の通る時間も短時間で済みますしね。一番簡単で手間がかからないだろうということで、僕はシチューを一番最初に習いました。入れる素を変えればカレーにもなるので」
「一つ覚えれば、レパートリーは二つになるってわけか」
 古泉が頷く。
「細かく刻んだ野菜と肉を鍋に入れて、必要な水を注いだら火を入れて一日置く。急な呼び出しで火を入れていられる時間が短くなっても短時間で完全に火が通るように、と僕の家にある鍋は圧縮鍋です」
「あの、蓋がちょっと特殊な感じの」
 前に見た大き目のちょっと高そうな感じの鍋を思い出す。蓋に付いた持ち手のところが普通の鍋と違っていたのは、圧縮鍋だったからなのか。
「そうです。これなら火加減に慣れていない料理初心者にできるだけ火を使わせずに済みます。炒めないからこの段階で焦がして具材を駄目にしてしまうこともありません。あとは灰汁取りさえ忘れなければ絶対に失敗しない」
 古泉の手がシチューのパッケージを撫でる。
「……わかった。明日でいい」
「はい?」
「シチューは明日でいいと言ったんだ。今日は別のもの作れよ」
「――ではそのように」
 ふわ、と柔らかく笑った古泉は「用意しますね」とシチューの素を大事そうに持ったまま台所に向かった。
 俺は機関というものがどういうものなのかなんて詳しくは知らないし、知りたくもない。
 けれど、俺は少しほっとした。
 料理初心者の古泉のために考えられたシチューの作り方。
 新川さんがシチューを選んだのは作りやすさだけでなく栄養についても考慮したからなんじゃないだろうか。そんな気がする。シチューは野菜がたくさん取れる、温かい食べ物だ。
 トントン、と包丁がまな板を叩く音が聞こえる。
 大事にされてるじゃないか、古泉一樹。
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