略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by バタフライ効果 - 2008.07.29,Tue
建物と建物の狭間。闇が滞る場所。
不意に意識を引かれた俺はその場に足を止めて、うんざりしながら溜息をついた。
“それ”はいつも唐突に俺の前に現れる。
「……またお前か」
普段となんら変わらないつまらなそうな表情そのままに、けれど心底嫌そうな空気を放つ俺に、闇は人型の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせながら、唇をつり上げた。
「久しぶりの再会なのにつれないですね」
まだ身体の半分以上を影の中に潜ませながら、その闇が涼やかな声を咽喉で転がしながら微笑む。
「つれてたまるか。機関も大概暇なんだな」
「機関が活動的になったほうが宜しいんですか?それは世界の危機を示します。世界が崩壊するかもしれませんよ?」
あなたはこの世界を保ちたいのでしょう?
「……」
「まぁ、今のところ僕の仕事はあなた方の監視と機関のお使い程度ですから」
あなた方に何かをしに来たわけじゃありませんので安心してください、と人型の闇は前髪を指先で弾く。
「……何しに現れた」
「あなたに会いに」
闇が一歩前に踏み出した。
「遠くから見ているばかりでは僕も退屈してしまうので」
カツリ、とやけに鮮明に下ろされた靴の音が響く。
「あっそ。じゃ、もう用は済んだな。さっさと失せろ」
俺は闇を睨む。
あからさまな威嚇を無視して闇はまた一歩足を踏み出すと、俺との距離を詰めてくる。
「以前あなたはどこにも属する気はないと言った。ならばどこにも付かず中立であるべきなのに、あなたは相変わらず彼女に肩入れするのですね」
「…俺もこの世界に生きる人間だからな。まだこの世界に壊れてもらっちゃ困る」
「僕もこの世界に生きる人間ですよ。世界が壊れないように日々務めています」
だから仲良くしましょう、とでも言いたいのか。闇は大袈裟に両手を広げた。
「確かにお前も人間だろうさ。お前らのおかげで世界は保たれているんだろうさ。でも…」
「でも?」
反復した闇に、一度息を飲み込む。
そして思い描いていたこととは別の言葉を唇に乗せた。
「可哀相だな、古泉」
「――僕が、何ですって?」
「俺は呼吸するたびにいちいち息をすることなんて考えない。世界を愛することに理由なんて必要ない。でもお前は、」
いつの間にか俺に届くほど伸ばされた古泉の手が、俺に触れるほど近く伸ばされていた。
けれど直接触れるにはあと数ミリ届かない。
至近まで近づいた古泉の手から発せられる体温を微かに感じた。
温かい。
でも。
「その手で何を掴むつもりだ?」
何が、掴めると?
伸ばしておきながら最終的には指一本、触れることもできやしないくせに。
溢れてきそうになる言葉を喉元で押し留めるために、俺は少し笑った。
俺と古泉、ちょうど二人の間に建物の影が斜めに落ちている。
白と黒を別つかのように。
純粋な線引きだ。
「お前が可哀相だよ、古泉。結局機関の工作員でしかいられないお前は何にも触れることも掴むこともできない。お前らは理由がなければ息も自由できない。大義名分がなければ自分が生きている世界を守れない。そのくせ自分の生きる意味をそこに押し付けた。本当は世界を愛してなんかいないんだろ?本当は別に世界が崩壊したっていいと、どこかで思ってるんだろ?その力はただの義務なんだろ?世界も神も愛せないお前らは神の下僕にも世界を守るヒーローにもなりきれない。……お前らの存在は英雄には程遠いよ」
お前が憐れだ、と優しく呟いた俺を、古泉は物珍しいものを観察するようにしばらく何も言わず見つめていた。
「帰れ」
機関というお前の家に。
「そしてこれ以上出てくるな。今までやってきたようにモグラのように影でハルヒの後始末でもしてろよ。機関にスポットライトは似合わないんだから」
言い捨てると俺は建物の狭間から離れて歩き出す。
目に、狭間で影に混じって微笑んでいる古泉の残像が微かにちらついたが、すぐに太陽光の明るさにかき消された。
影から出てくるなよ、と心中で呟く。
暗闇に慣れたお前の目じゃあ太陽は眩しすぎる。
ポケットの中で携帯電話が震えた。
いつまでも止まない振動に、メールではなく着信だったことに気づき、
「もしもし、」
『何もたもたしてんのよキョン!さっさと出なさいよねっ!』
団長からの電話にはワンコールで出なさい!と受話器越しに叫んでいるハルヒに適当に返事をしながら、目を細めた。
普通の人間にだって眩しすぎるんだ、モグラの目など一瞬にして焼き尽くすだろう。
神さまの気まぐれで色々なものを奪われてきたというんなら、もうそれ以上何も失ったりするな。これ以上何かを諦めたり手放したりしたら、簡単に空っぽになっちまう。それ以上虚しさを抱えて、いったい何を守れるつもりだ?世界はそんなに軽くないってのに。
だから出てくるな。
『ちょっとキョン?!聞いてるの?!』
「…聞いてる。怒鳴るな」
今保たれているバランスを揺るがすな。
俺は中立に、お前にも世界にも――ハルヒにも、平等にしか、関わる気がないのだから。
出てくるなよ、古泉。
[アンチヒーロー]
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