「何を大事に握り締めているんでしょうね?」
「は?」
「祈るときですよ」
「何が言いたいんだかさっぱりわからんが」
「祈るとき、こうやって両手を合わせたり両手の指を組むでしょう?」
古泉の男にしては美しい両手のひらが合わさり、その目が伏せられる。
一秒、二秒、伏せられた古泉の瞼がゆっくりと持ち上がった。
「何をそんな大事に手のひらの中に持っているんでしょうね?」
それとも祈りとはそうまで大事に閉じ込めておかないと逃げてしまうんでしょうか?
「……ぴったり隙間なく合わさった手のひらの間に何を隠し持てるっていうんだ」
「形は違えど、東西で祈りの仕草はこんなにも似ています。この精神のルーツはどこに起因するんでしょう?手のひらを合わせるということにどんな意味があるんでしょう?」
すっと息を抜くように笑みを引っ込め、古泉はまだ合わさったままだった手の指を組み合わせて、顎を引いた。
「“神よ”」
長い前髪のせいで表情は隠された。
「…――古泉」
顔を上げた古泉は目尻を下げ口角を持ち上げて微笑んだ。
「三年です。長い時間ではないのかもしれません。ですが僕の人生で換算すれば五分の一です。けして短い時間ではないでしょう。それでもまだ僕は……祈ってしまう」
けれど、と言葉を切り、
「けれど何に?僕の祈っている先には何があるのでしょう?こんな僕の手のひらの中にも祈りはあるんでしょうか。あったとして、この祈りはどこへ行くんでしょうか」
言いながら、古泉は組んだ指を解いた。
ゆっくりと解かれた古泉の右手と左手の間から、何かが零れ落ちるのを、俺は見た気がした。
古泉が笑う。
「“神”は僕を救わないのに」
ああこいつは諦めちまっているんだな、と俺は静かに思った。
そのくせ誰より救われたがっている。
古泉の言う、“神”とやらに。
いや――ハルヒに、だ。
目には見えないが、触れ合わせた手が離れて温度が離れていくように、祈るたびに何かをその手の隙間から零れ落としながら、それでも古泉は、
「……神は誰も救わないだろ」
古泉の視線がまっすぐに俺に向かってくる。
「神は誰も救わない。誰の祈りも聞かない」
人類を超越した高次元の存在を神と呼ぶのならば、高次元の存在がわざわざ低次元の存在に多大な関心を持って興味を示したりすることはほとんどないだろう。人間が道の脇を進む蟻にいちいち気を取られたりしないように。
「それでは何のための神であり祈りだと言うのですか?」
「自分のためだろ」
己の精神に住まう形容しがたい何かを神と呼ぶのならば、人間は自分を自分で救済するしかない。
こんな薄ら寒い議論なんかしたくないが、先を促す古泉の視線に俺は渋々続けた。
「人の声を聞き、人を救えるのは――人だから」
人であるべきだから。
俺は息を吐き出した。俺にとってはあまりに当たり前のことすぎて、口にするのも馬鹿らしい。
「ハルヒは神じゃない、ただの人間だ。だが人間だから……あいつもお前と同じ人間だから、」
人をどん底に突き落とせるのが人ならば、人を引き上げることができるのもきっと同じ人だから。
お前がそう願うなら、いつかきっとハルヒはお前を救うだろう。
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