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略して「バタフライ効果」。男子団員二人中心のテキストを取り扱っています。
Posted by - 2026.06.11,Thu
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Posted by バタフライ効果 - 2008.05.28,Wed
 

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 久方ぶりの地上への寄航だった。
 本部への報告をさっさと済ませた我らが涼宮艦長が自ら率先して「久しぶりの地球よ!今日の午後は特別に好きにしていいわ!せいぜい目一杯羽を伸ばしてきなさい!」とのたまって地上に飛び出していったので俺はのんびりと久しぶりの地上への一歩を踏み出そうとしていた。やっぱりここは艦では食べられない現地の美味いものが食いたいと、俺は脳内マップを広げる。別に艦の食事がまずいってわけじゃないがローテーションの組まれた栄養バランス重視の艦内食を毎日食べていれば飽きてしまっても仕方がないだろう。寄航が決まったときに情報参謀に頼んでおいた情報は完璧で、現在の俺の脳みそはもはや食べ歩きツアーのマッピングで忙しい。
 そんなことを考えながら基地から一歩外へ出れば密閉された艦内とはやはり違う開放的な空気に俺は少し感慨深く溜め息を吐き出す。
 本日は晴天なり。
 その眩しさに僅かに目を細め、青い空を見上げた。
「っ」
 不意に俺の背後で息を呑む気配がした。
 すぐに振り向くと俺は思わず反射で名前を呼びかけそうになった口を閉じ、改めて口を開いて相手の役職名を呼んだ。
「幕僚総長、どうかなさいましたか?」
 ここはまだ基地の敷地内だ。基地内で自分より階級が上の相手を呼び捨てにしようとは、久しぶりの地上の空気に俺の気も少々緩んでしまったらしいと、気を引き締める。
「…いえ、何でもありません」
 何でもない奴が息を詰めるか。
 俯き目元を白い手袋で押さえる幕僚総長のそばに寄れば、白い手袋に隠されて見えにくいが幕僚総長にしては珍しく整った顔の眉間に皺が寄っている。
「幕僚総長、手をどかしてください」
 俺の呼びかけに、手をどかそうとしない。
「幕僚総長」
 どけろ、と念じながらもう一度呼ぶ。
「……古泉、と。今はオフですよ」
 ふ、と顔を伏せたまま幕僚総長が笑った。
 この馬鹿!ふざけている場合か!
 とっさに叫びそうになって開いた口に息を吸い込み、溜め息にすり返る。
 昔に比べて俺も随分と忍耐強くなったもんだよ。
「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫でしょう」
 とりあえず人目を避けようと、俺は古泉が目を押さえていないほうの腕を掴むと引っ張っていないように見える程度の力で古泉の腕を引き、人目のないほうへ移動して建物と木の影に身を寄せる。環境整備の基準で基地本部の敷地も建物付近はかなり緑地化されているため目立たない。
 日陰に入ると古泉がそっと息を吐き出すのを感じた。
「…ああ、そうか。忘れてた。…悪い」
 古泉の異変の理由に思い至り、俺は僅かに眉をしかめた。すぐに思い出せなかった自分の不覚を内心でなじる。
「あなたが謝ることじゃないですよ」
 苦笑の滲んだ声で、こちらこそ申し訳ありません、と古泉が呟く。
「あまりに久しぶりのことで僕も失念していました」
 ないよりはマシだろうと、俺はズボンのポケットを漁って白いハンカチを引っ張り出すとそれを目元を押さえる古泉の手に割り込ませた。一瞬見えた目元は長い睫毛に涙が滲んでいた。
「安心しろ、きちんと洗浄済みの上アイロンもかけてある」
 これは軍人の基本だから、無駄な軽口だ。いざというとき包帯の代わりとして使用するため清潔な白いハンカチを携帯するのは軍人にとっては原則の一つである。もちろん古泉も常時携帯しているが、さすがに他人のポケットに手を突っ込むほど俺も不躾ではない。
 ハンカチで目を押さえる古泉の頭を引き寄せ、自分の肩口にあてがった。少しでも影が濃くなるように。
 全体の色素が薄い古泉の目は紫外線に弱い。
 久しぶりの地上で、久しぶりに強い紫外線を思いっきり浴びてしまい――俺の記憶が間違っていなければ地上は暦の上ではまだ五月だというのに今日は真夏のような日差しを降り注がせる太陽が出ていた――古泉の目は悲鳴を上げたのだろう。昔はこれほど弱くなかったような気がするが、今日の日差しは俺の目にも染みるくらいだし、艦内勤務が長く続くうちに耐性が弱くなったのかもしれない。使われない機能は低下するものだ。
 しかしこれはそれほど重視することでもない。地上に降りるときに度の入っていない紫外線遮断用の眼鏡を使用する程度のことだ。頻繁に使用するものでもないから本人も持参するのをすっかり忘れていたようだが。古泉にしては迂闊だ。表情にはそれほど出さなかったがやっぱりこいつも久しぶりの地上に浮かれていたのかもしれない。
 なるべく古泉の頭が乗っている肩を動かさないようにして、俺は胸元のポケットから携帯端末を取り出して操作する。
「…何を」
「車を呼んだ」
「……病院には行きませんよ」
 ガキのように駄々を言う古泉の頭を軽く叩く。
「お前に選択権はない」
「……せっかくのオフなんですよ?」
 俺の肩口に、古泉が落胆した呼気を弱弱しく吐いた。
 でかい図体してしょんぼりするな。
「だからこそ、だろ」
「ですが…」
「ですがもかすがもない。お前ウサギみたいに目を赤く腫らして街をうろつくつもりか?制服が泣くぞ」
 というかそもそも今現在目を開けられないくせに。病院で点眼薬の一つも処方してもらわねばならないのは本人が一番自覚しているだろうに、いい年した男が何だってこうもごねるかね。
 俺の言葉に古泉がぶつぶつと呟き出した。
 まるで何かの呪文かお経のように古泉の口が食べ物の名前をつらつらと並べ立てていく。古泉の未練がましい恨み辛みの滲んだ声のせいでただの食べ物の名前がもはや呪いの域に到達している。無駄に上等な声をしているだけに鬱陶しさ倍増だ。
 うざい。正直本気でうざい。
 俺だって久しぶりの地上の食事を楽しみにしていたさ。
 こいつを置いて俺だけメシを食いに行こうかと本気で考えたところで、俺の端末からの信号を目印にタクシーが近寄れるだけ近くに寄ってきて停車した。
 タクシーのドアが開く。まだぶつぶつと呪文を唱えている古泉の手首を掴むと車内に押し込み、古泉に続いて俺もタクシーに乗り込むと、やっと古泉が黙った。
「さっさと済ませてメシに行くぞ」
 ドアを閉めると、事前に目的地を入力していたため無人タクシーが勝手に滑るように走り出す。
 ハンカチに隠されて目は見えないが、古泉の視線が俺を窺っている。どうやらこいつは自分だけ病院に送り込まれるものと思っていたらしい。…だからこそのあの未練がましい恨み辛みの呪文か。
 ったく、仕方がないだろ。
 メシは一人で食っても美味くないんだ。
 

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