殺すなら銃がいい。
撲殺では一撃で仕留められるかわからない。それじゃ駄目だ。
絞殺は力がいる。息の根が止まるまで、力を込め続けなければならない。抵抗する相手を押さえつけておかないといけない。基礎体力、体格などを考慮すると俺には不利だろう。
刺殺は血が流れる。返り血を浴びる可能性が高い。血は汚い。汚れるのは嫌だ。
殺すなら銃がいい。力はいらない。ほんの少しの衝動と指先の力で事足りる。手で触れることも血に汚れる可能性も低い。
殺すなら銃がいい。壊す身体が生きていた事実を実感する間もなく命を摘み取る銃がいい。一瞬で終わる。
そうだ、一瞬で終わる。
俺は人差し指と親指を立てて、腕をまっすぐに伸ばすと狙いを定めた。
すっと体の中に筋が一本通っているような背中だった。
こいつの周りに漂う空気はいつだってどこか綺麗だ。
ただつっ立っているだけなのに、綺麗な姿勢。
綺麗な背中だと思った。
そして俺は、駆け寄ることもできやしないで、遠くから眺めてるだけだ。
少しも縮まらない距離。
遠いわけじゃない。外から見ればきっと近い。でもそこから一歩も近づけない。
あいつから俺に近づくことはあっても、俺からは絶対に近づけない。
近づいてはいけない。
俺とあいつの間には絶対の距離があった。
あいつはパーソナルスペースに俺を入れているようで、その実俺はあいつのテリトリーには一歩も入れない。俺はそのことに気が付いてはいけない。
その穏やかな目はいつも遠くを追いかけている。
いつだってただ一人を見つめている。
俺を見たりしない。
俺を見ない。
視線に気づいたのか、固定されていた頭が揺れる。
振り返るな、俺を見るな。
死ね。
死んでくれ。
頼むから。
ひた、と視線を据えたまま。
振り返るな。
振り返って。
振り返るな。
こっちを向いて。
振り返るな。
俺を見てくれ。
俺を。
俺、を。
「…――どうしました…?」
あいつが振り返る。
俺は、人差し指と親指を立てて腕をまっすぐに伸ばすと狙いを定めたまま。
死ね。
死んでくれ。
頼むからこの気持ちごと。
「クソッタレ…!」
力なく投げ出された両腕。
項垂れた俺の視線の先に、だらしなく垂れ下がった両腕がある。
無理に力を入れて指先を握り締めてみたが、結局それはすぐに解けてしまった。
腕が重い。
ぎゅっと眉間に力が入って皺が寄るのを他人事のように感じた。
人を好きになるということは暖かくて柔らかくて優しくて、幸せなものだと思っていた。
好意というものは、純粋で透明で、綺麗なものだと思っていた。
でも実際はどうだ。
あいつはハルヒしか見てないじゃないか。いつまで経ってもあいつにとって俺はハルヒの鍵という付属でしかない。どれだけ親しくなったように見えても、何も変わっちゃいない。俺はそれを思って、自分が気づいていなかっただけで、随分と前からずっとそのことを気にしていたことに気づいて死にたくなった。
あいつが俺を気にかけるのは俺がハルヒの鍵だからだ。俺があいつにとって特別だからじゃない。あくまで俺はハルヒの付属品でしかない。わかってる。わかっていたはずだ。なのに俺はハルヒに嫉妬にも似た薄暗い感情を抱いていることに気づいた。そのことに気づいて、色んな感情が重なり重なって吐き気までした。
ショックだったぜ、びっくりするくらい。
ショックを受けたことにびっくりするくらい、ショックだった。
ハルヒを憎いと思ったことなんてなかった。
ハルヒを疎ましいと思ったことなんてなかった。
なのに。
なのに…!
なぁ古泉、知っていたか?
俺は、お前を独占したいと思っていたんだぜ。
お前のことを特別だと思って、お前も俺と同じだといいと懇願のように願っていて、俺はハルヒが少し……ほんの少しだが、どうしようもなく憎たらしく感じられた。
ハルヒがいる限り、お前は絶対俺のものになんかならない。ハルヒがいなくても、俺のものになったかはわからんがな。
びっくりだよな、笑っちまうよな、俺だっておかしくて笑い出したいくらいだ。
いつの間にか、お前の隣りにはいつだって俺が立っているもんだと思っていたんだ。
馬鹿みたいだろ、でも少しも疑っていなかったんだ。
一番、俺がお前に近いんだと思っていたんだ。
俺はお前の特別だと思っていたんだ。
ああでもそれは勘違い。
都合のいい妄想。
古泉の視線の先に、俺はいない。
馬鹿みたいだ。
わかっていたはずだ。
わかっていたはずだった。
顔が歪む。
俺を見ない古泉ならいらないと思った。
俺は汚い。
俺は醜い。
俺の心は少しも綺麗じゃなかった。
こんな気持ち知りたくなかった。
「どうかしましたか…?」
いつの間に俺のそばに来ていたのか、古泉の心配そうな、気遣う声が降ってくる。
「具合が悪いんですか?」
古泉の声に俺はゆるゆると頭を持ち上げた。
俺の顔を見て、古泉は一拍置いて、怪訝そうな顔をした。
好き、なんだ。
「大丈夫ですか?」
俺はよっぽど酷い顔をしていたんだろう、古泉が俺との距離を更に詰めてくる。
古泉の手が俺の肩に触れた。
布越しにゆっくりと古泉の手の体温が俺の皮膚に滲んでくる。
お前が好きなんだ。
吐きそうだ。
お前が優しいのは俺だけだったらよかったのに。
誰に対しても優しく親切で、慇懃なほど丁寧な態度で――たとえそれが作られたキャラクターとしての性格だったとしても――綺麗な、綺麗な古泉。
古泉が清廉であればあるほど俺の汚さ醜さが鼻に付くようだ。
お前が優しいのは俺だけだったらよかったのに。
俺は汚い。
俺は醜い。
この感情は汚い。
この感情は醜い。
醜い。醜い。醜い。
俺は少しも綺麗じゃなかった。
この感情は少しも綺麗じゃなかった。
だから殺そう。
殺してしまおう。
ごめんな、大事にしてやれなくて。
バイバイ俺。
古泉、お前は何も気づくな。
「大丈夫ですか?」
「……ちょっとだけ、立ち眩みがしただけだ、なんでもねえよ」
肩に置かれた古泉の手をできるだけ自然に振り払いながら、俺は唇の端を歪めて少し笑った。
目の端が、少しだけ湿っぽい気がしたがきっと気のせいだろう。
さよなら。
さよならだ、古泉が好きな俺。
この感情はいらない。
俺は脳内で自分のこめかみに銃口押し付けて、迷わず引き金を引いた。
殺すなら銃がいい。
でも殺されるなら、絞殺がいい。
刺殺もいい。血が流れる。返り血を浴びて、俺の血で手を汚すあいつを想像してみる。
でもやっぱり絞殺がいい。絞殺は相手に直接触れて力を込める必要がある。しかもその手は息の根が止まるまで、力を込め続けなければならない。抵抗する相手を押さえつけて。
銃殺のように一瞬で終わらない、撲殺のように一撃で終わらない、明確な意志をその指先に込めて、その手で俺に触れてほしいと思う。
殺されるなら絞殺がいい。
殺されるなら、凶器はあの手がいい。
この身体を、生きてる俺の命が終わっていくのを、呼吸が弱っていくのを感じながら、この心臓を止めてくれ。
そうだ、一秒でも長く俺に触れながら。
俺を見て、俺だけを見て。
その手で殺してくれよ。
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